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四十九話

※残酷な描写があります。

 複数からの乱闘だったが、牢内が手狭過ぎるために動ける人数に制限ができる。

次第に、1対1の装いになっていった。それも勝ち抜き戦である。

 一人、片付けると、新たに一人が私の前に立ちはだかる。先の見えない戦いでもあった。健全な人間は決して来ないであろうこの牢屋内に、あらゆる雑音が混じり合うかしましい不謹慎な声と、囃し立てる者どもの腕を振り上げるほどの興奮、それに合わせて共鳴する殴り合いの打撃音。骨が折れるような響きさえ含む。勿論それは、私がやったことだ。

 だから今なお、この場に立っていられる。

 絶えず息を吐き出しながら、一人、また沈めた。

敗者への馬鹿げた罵倒や、動揺する叫びがあちこちから上がるのに眉を顰めつつ、唇についた血を拭う。倒れ込んだ奴を複数の人間が薄暗い牢から明るい場所へと運び出されるのを見送り、手の平を見つめる。鮮血が垂れていた。

 (まずい、な)

 舌を切ってしまった。鼻血を出すことさえ、珍妙だったのに。

 (頭も、痛い……)

 ガンガンと苦しめる頭痛は、熱のせいだろう。

それでも、新たなる敵が現れる。休みなんて与えないつもりのようだ。

ロウソクに照らされて浮かび上がる、にやけた彼らの白い顔を軒並み横に一通りしれっとした面で眺めつつも遅れをとるものかとぐっと血の味のする唇を噛み締め、いつもより重たい両の手を振り上げて身構える。

 喰らうなら、なるべく力を込めた腹部や太もも、腕に。

治りが早い、そういった箇所へと誘導するが、それは個人レベルで異なる。私にとって回復しやすい肉体がそれらの部位であるため、衝撃を受けようとも、なんとか立ち回りをこなす。

 が、急上昇した熱にさえ体温を奪われ続けているのである、ふらつく足元のせいで、普段は受けない危険な打撃を受けてしまい、さらなる追撃を予想して転がりこんで体重を乗せた蹴りをなんとか避けきるも、

 (キツイ……)

壁を支えにして、立ち上がる。

 もはや、天と地が、崩れていた。

身体の軸が、ずれ込んでいる。

 (これまでか……)

 殺しはしないだろうが、しかし。あまりにも、目が霞む。

明るい場所から飛び出すようにやって来る打ち抜くような拳が、やけに大きく見えた。ひく、と喉仏が引きつく。


 「ソコまでダ」


 覚えのある声がした、と思ったら、私に向かって敵が倒れ込んできた。

頭が一瞬で冷えた気がした。なんせ、まったくもって、気付けなかった。


 「うっ、」


 したたかに後頭部を床に打ちつける私の呻きなんてなんのその、地獄の番犬がその姿を現したようだった。私に覆いかぶさる男は意識がないようで、思う存分、その体重を私に押し付けてくる。恐らく、こいつが一番私にダメージを与えた野郎だ。動かそうと揺り動かすも、全然だ。いつもより腕に力は入らないし、本格的に身体が参ってしまっているようだった。

 

 「テメェら、コイツに近づくナと、念を押したハズだがナぁ」


 地獄の番犬が、吠える。

 

 



 ――――この辺りしか、私には記憶にない。

小汚いベッドに寝っ転がってるわ、牢屋の天井はいつものように私の視界に胡散臭く存在してるので夢でも見たかのような具合だったのだ。

 (そう、まるで胡蝶の夢ともいうべきか)

 しかし、身体に付きまとう倦怠感と疲労は本物のようだったし、これはどういうことかと身を起こした途端、口の中に違和感を覚える。思わず指を這わすも、カサブタができているのを見つける。

 

 「む……」


 ついで、手の平に、真っ赤な血の筋が付着しているのを見い出す。乾いていた。よくよく観察してみると節くれだつ男らしい指もどこか、擦れて赤くなっていた。これではまるで誰かと喧嘩でもしたあとのようではないか。

 慌てて額に手をやる。

熱は、少し、あるようだったが、それでも夢の中の時よりは……、いや。


 「もし……、もし、」


 うっかり、人影っぽい染みのほうを見やるが、そこではない。

染みは、喋らない。私は未だに寝ぼけているようだった。


 「起きていなさるか?」


 やはり、お隣さんからの呼びかけのようだった。

 爺さんのしょぼくれた姿を思い返し、私も応答する。


 「……起きている」

 「ほう、それは良かった」


 重畳、重畳と今にも言いそうな口ぶりである。

牢の手前には人の姿はなく、あるのはロウソクの光のみに照らされるばかりの閉じた世界、ただそれだけである。

 

 「あんさん、ずいぶんと酷い目に遭いなさったね」

 「……ああ」


 (やっぱり)

 夢うつつではなかったようだ。

しっかし、どういう訳か、私はベッドの上で眠っていた。

 寝返りを打つだけでも、このベッドの四肢はあまりにも貧弱すぎて騒がしい。起き上がった拍子にぎしぎしと音が鳴るのは、それは当然といえば当然な訳で……、私が意識を取り戻したと察知した爺さん、さっそくながら声をかけてきた、ということだった。生きてるか、死んでるか。不安に思ったようだ。


 「死んでないぞ」

 「良かったのう」


 多分、根は悪くはないんだろう。

思わず苦笑した私は、あの後、何が起きたのか知りたくて口火を開く。


「なあ、爺さん――――」

 



 蕎麦屋の爺さん曰く、あの地獄の犬が来た時の、兵らの顔色といったら、見ものだったようだ。

あまりにもとんでもない醜聞だと、特務隊隊長手ずからボコボコにされていたらしい。不動な仁王立ちで殴られ続ける彼らの異様な姿に、爺さんはびっくりした、とのこと。

 (そりゃあ、上司の鉄拳を普通に受け止められないと、

  ……それも、命令違反じゃあな……)

 分かったのは、この国における縦社会が強烈ではあるものの、地獄の犬はやや舐められている、ということだった。

 ありていに言えば、馬鹿にされている、というか。

 (普通、あり得ない。

  命令を守らないなんて)

 どうも、あの犬。

戦いに特化はしているのだが……人心掌握はできていない模様である。

 (……服装からして、だらしない恰好だしな)

 少なくとも、尊敬できる上司、というタイプではなさそうだ。

さもありなん。


 「で、爺さん。

  あの隊長、地獄の番犬の下っ端連中、ただ殴られてるだけだったか?」

 「ああ、そうだ。

  一通り殴ったら、皆、いなくなったが」

 「そうか……」


 それだけ、か。

 (あとで降格処分?)

 人数はあったから、見せしめに誰かを生贄にして貶める、という方法もあるにはあるが、にしても、ずいぶんと優しい対応であるのは間違いない。

 (なんだこの国……)

 変な国だと思った。

信賞必罰。大事なことだ。しかし、肝心の罰が、緩い。緩すぎる。

 (文民統制、の国ではないのは把握しているが、

  にしても、な……)

 絶対王政であることは知っている。

 記憶に引っかかるのは、あの黄金の像。初代王金環国の王。伝説の勇者。


 「……なあ、爺さん」

 「なんだ」


 ベッドの上で住民と化し始める私は、想像した言葉を述べる。


 「爺さんにとって、この国の王様ってなんだ?」

 「王様……?

  ヒナミキ様のことか」


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