四十六話
集団という力強さに自信を取り戻したものか、再度、彼らは私に襲い掛かった。逃げた二人の少女よりも目の前にいる存在にシフト、すなわち優先順位が繰り上がった。
「……捕まえないと、国境を侵略されますからね」
浮かぶのは、副官殿からの言伝だ。
殿下はおっしゃっていた。騎士団二つ、動かすと。
彼らの話から推測するに、やはり殿下は動いていなさるのだろう、間違いない。
「ウハ、相変わらず面倒臭そうな暗器ダ」
地獄の犬があれこれと囃し立てているが、実にその通りだった。
足回りを狭める自由自在なワイヤーはあまりにも危険だったし、番犬からのアシストもあって本当に面倒になりかけた。冷や汗ものである。殿下からくだされた宝飾が青光りしたおかげで出血多量などの厄介な怪我は負わなくて済んだのだが、まだまだ戦えるくせしてわざとらしく憲兵らへ投降したために、一発、地獄の犬に殴られた。
効いた。
確かに、とんでもない馬鹿力だった。
鼻血が出るぐらいで済んでよかったが、しかし体は飛んだ。
沈黙した国宝はとられたし、集団で叩かれ、蹴られ、踏まれるは、散々たるものだった。罪人よろしく荒縄でがんじがらめにされて衆目の前に晒されるなんて生まれて初めての体験である。様々な経験を経たが、あの黒髪少女たちの逃走時間を作ることはできたようだ。
二兎を追う者は、を地でいった憲兵らは私を優先するようだったから、上手くいって良かったと心の内でほくそ笑む。
「マッタく……、
訳が分からんが、マ、大人しくシテくれヨ」
憲兵らの興奮とは対照的に、地獄の番犬は妙に鼻が利いているようだ。
白亜のお城、別名シンデレラが手を振っていてもおかしくはない城に連れ込まれる。奇異な眼差しがちくちくと肌を刺すが、背を丸めても仕方ないので堂々と入り込む。出入口は狭いが、普段使われる通路は幅があった。すり減った石畳が凸凹と剥き出しであるが、垂れ下がる国旗は新しく見受けられるので、それなりに城内管理は行き届いているようである。
(にしても、ここだけ洋風とは……)
壁も、覗き見える部屋の中も、どちらかというと我が国アーディ王国と遜色がない。飾られた小物は和風が多いようだが、いずれにせよ、このお城以外はすべからく和風建築ばかりな国柄なので、そのギャップが酷い。
(本当、日本人に特化してる国だよな……)
どれだけ、いじめたらこうなるのか。
知恵と知識を搾り取ったのか。
あまり想像したくはないが、ここまで徹底しているとなると……、私が知り得ない、恐ろしい闇がまだまだ隠れていそうで、ぞっとする。
(痛ましいことだ)
門番にしげしげと見定められつつ、地下への道が開錠される。
客室に案内されたら困ったので、安堵した。もし客扱いされようものなら、大暴れしようと思っていたところである。罪人部屋へとご招待されるらしい。
薄暗い階段は、なかなかに年季が入った石造りで足元が不注意になりやすい。慣れているらしい憲兵らの歩みになんとかついていき、太いロウソクがあちこちに吊るされたせいで人影が拡散する城の地下、不衛生な水たまりを通り過ぎる。
ところどころ、誰かが収容されているらしい牢もあったが、いずれも知らぬ顔ばかりだった。項垂れている者、挑発的にこちらを睨みつける者、奇声をあげて狂っている者、倒れたままぴくりともしない者もいて、どこの牢屋も似たようなものだなという感想を心に書きとめる。
私は諸外国の罪人への思考を巡らせながらも、気づかれぬよう、探っていた。いるはずだ。ひとり、またひとり。顔を確かめる。まさか、客室にいるはずもない、だろう。多分。暴れる牢名主っぽい者の要望が憲兵によって牢を足蹴りされて大人しくなっているとき、奥の方にいるらしい酷い傷を負ったまま倒れ込む者を哀れんでいるさ中、
(……いた)
ようやっと、爺さんを発見する。
折よく、私が収監される牢の隣だった。蕎麦屋の亭主は項垂れるタイプだったらしい。小さかったからか、余計に発見が遅れた。私の動きを察知しつつも俯き、憲兵らに怯えてか、じっとしている。その姿、まるで置物のようである。
爺さんと同じ並びの、個人用の牢を憲兵は開け放ち、
「入れ!」
手首をさすりつつ、閉じ込められた牢屋内を眺める。
ベッド一つと、排せつ用の穴が丸見えなものが一つ。地下だから、窓はなく。
拷問用の鎖が天井からぶら下がっている。壁には妙な染みがあり、ロウソクの灯で揺れて蠱惑的である。
「大人しクしているんだナ」
骨を折られたくせに、私の顔を殴るだけで済ませた地獄の番犬は、そのまま部下を引き連れて立ち去る。驚いた。
いや、連行している間も静かだったが。
(……拷問も、しないのか)
暴力を受け、髪を引っ張られもしたが、さらなる暴行があるものと覚悟をしていたのに。最悪、腕の欠損まで我慢することを憂慮していたのだが。
まさか、荒縄まで解かれるとは。このまま放っておこうという魂胆なのか?
と、自分が楽なほうに思考がいっているのを察し、頭を横に振る。
(今日はしない、と判断をくだしたのかもしれん)
安堵する材料とはいかないだろう。これだけでは。
――――帰り際の、憲兵らの部下らのギラつく目つき。
番犬は大した興味もない姿勢であったが、彼らの私を見る瞳は、爛々としていた。上司たる番犬がいないとき、注意が必要、か。
はあ、ため息をつきながら、ベッドに腰掛ける。
牢の影が石の床に斜めに、まだらに射影されるのを眺めながら、私は襟元にあったはずのサファイアを指でなぞる。当然、奪われたのでそこに存在はしないが、しかし、殿下のあの下賜された宝飾がなければ、私は明らかに大怪我どころではない怪我を負っていた。
「殿下……」
お許しください。
私は、再度、その言葉を胸の内側にて打ちつける。




