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四十一話

 ――――蕎麦屋を見張っていた当時、私の傍にはチャラ男なる幼馴染みと、諜報員スパイの卵である少年が控えていた。

唐突に憲兵らが現れ、さてどうすべきかと見守っていたら、彼らは蕎麦屋で大暴れをかまし、哀れな爺さんが蕎麦屋から荒縄で打たれ引っ立てられていく。

 

 「うわあ、年寄り相手に容赦ねぇーな」


 心底といった口調で諜報員スパイの長は、憲兵らの強く引っ張る荒縄に、よろよろと追従するしかない蕎麦屋の主に同情しきりだ。

爺さんのしょぼくれた様子に、少年もどことなく、悲しげに唇を引き締める。


 「……なあ、ジェイズ。

  連れて行かれたあの爺さんは、どこに収容される?」

 「どこ、って。

  そりゃあ、牢のある金環国バージルの王城だろう」

 「城の中に、か」

 「ああ……、

  なんだ、気になるのか?」

 「まぁ、な」


 深い堀と城壁をぐるりと巡らせた、グリム童話にでも出てきそうな白亜のお城を思い出す。

 (そうか……、もしかすると、人質にするつもりやもしれんな)

 長らく戦争とはかけ離れたといっても過言ではない、戦争世代が高齢化している国民にはとてつもなく、効く、だろう。日本人に人質は。

 正義感が強ければ強いほど、確かに。性善説、に基づくような社会構成をしていたように記憶しているし、あくまでも訴訟大国のようなものではなかった。無論、私が生まれ変わってから日本も多少、変化があっただろう。もしかしたら、日本人、という存在そのものの人口比がだいぶ薄まってしまい、肌の色の多様化によって英語を母国語に、なんて運動も叫ばれてる可能性だってある。

 (……それだけじゃない、先ほどから姿が見えないが……、小さな女の子も、

  人質としての価値があるな)

 憲兵によって追い出されていない事情を鑑みるに、あの蕎麦屋には、秘密の部屋のようなものが、いわゆる隠し部屋があるんだろうと推測する。

 (……さて、あの憲兵らは、どうする)

 物陰から見守っていると、引き戸から横柄に飛び出してきた奴がいた。

ざっくばらんに長い茶髪をそのままに、憲兵の服をいい加減に着崩した男。とてもじゃないが、それはお洒落なファッションとは言い難い、性格が適当過ぎるものを表面化させているように思えた。つまりは、人の目を気にしていない憲兵が現れたのである。

 

 「お、特務隊の目玉が出てきたか。

  リディ、あのいけ好かない茶髪の男が、

  地獄の犬、番犬様だよ」

 「番犬?」

 「そうさ」


 訊ねると、諜報員スパイである証のように、スラスラと情報を話し始めた。


 「王の番犬として、バージル王の命に忠実な暗殺者いぬ

  武器は投擲が得意で、暗器は鋭いもんだ。

  技術は卓越していて、首と胴体をすっぱりと切り落とすほどの腕前。

  どうやっているかはだな、

  首と骨の間に何本も暗器を打ちこみ、さらにその暗器の上に、

  衝撃を当てる。ただ、それだけだとただの首に刺さってるだけなんだが、

  どういう訳か、力が強いらしくてなあ。

  遠方からでも、あっさり縊り落とせるらしい」

 「ほう」

 「恐ろしい暗器の使い手だぞ」


 確かに、と私は肯首する。

近接武器ばかりを愛用する私のような騎士にとって、遠方からの、それも正確に打ちつけてくるパワーある攻撃を防ぐのは、なかなか骨が折れる作業だ。大量の弓矢を攻撃してくる輩も過去に複数いたが、いずれも盾やマント、あるいは壁となりそうなものや味方の援助、敵の死体を使ってでもなんとか身を守ることができたが、そうか、暗器、か。

 このような敵陣の真っ只中で、味方になりうる者は諜報員たちだけだし、マントなんて騎士用の分厚いものはアーディ王国の私の部屋に置きっぱなしである。死体、を使ってでもといいたいところだが、一応、この国は我が国と条約締結したばかりの間柄であるので、あまり不興は買いたくはない。


 「もし諍いが勃発しそうなら、

  あの犬の利き手を折るしかないようだな」

 「……リディって、存外に、思い切ってヤるタイプだよな」


 などと、幼馴染みとのいい加減な会話をしている合間も、蕎麦屋の前にたむろう憲兵らは動きをみせず。

 しばらく、そのままのこう着状態が続いた。


 「うーん、一時間以上は経過したか」

 「さて、どうするリディ。

  このまま様子見か?」

 「そうだな……」


 物陰からこっそりと目撃している限りでは、彼らは日本人の捕縛に重きを置いているはずである。三人並んで、交代で見張ってはいるも、さすがに疲れは増す。ぐぐっと太ももの筋肉を押してはエコノミー症候群を回避しつつ、ジェイズに新たなる疑問を投げかける。


 「なあ、ジェイズ」

 「あ?」

 「あのバージルの王城に入ったことがあるよな?」

 「まあな」

 「なら、牢屋から逃げるのは難しいか?」

 「ん?

  あぁ、まあ……、」


 と、ここで、幼馴染みはその顎に手を乗せてぶらぶらとしていた足をぴたりと止め、その両目を、ひた、と、騎士団長に留めた。


 「お前、まさか」

 「ああ、そのまさか、だ」

 「……おいおいおいおい」


 ジェイズは唸る。


 「リディ。

  それはいくらなんでも……」

 「ジェイズ様」


 少年が、幼馴染みの声を遮る。

ちびっ子は、前を真っ直ぐ向いたままにひっそりと知らせてくれる。


 「団長様、まずいです」

 「なんだ?」

 「どうした、どうした……、

  って、え」


 私たちは、雁首揃えて、松明たいまつに火を灯し始めたのを胡散臭い目で見据えた。


 「あれは……、まあ、もしやしなくとも」


 どう考えても、あれは。

大げさなほど背筋を曲げて大きく口を開けて笑っているらしい、犬の顔が不気味ですらあった。松明に浮かび上がる、蕎麦屋に群がる無慈悲さは、さながら地獄の有様に近い。


 「燃やして、炙り出すつもりか」


 日本人が隠れているであろう蕎麦屋は、木造りの家である。

すなわち、


 「すっげぇ燃えるだろうなあ。

  だって、ここ最近晴れてたし」


 頭上を見上げながら、天気予報をしてくれる情報部長官。


 「でも、お空の端が薄暗いです、ジェイズ様」

 「ん、冷たい大気、風……そうだな、

  一雨くるかもしれねぇ」

 「だが……」


 憲兵らの姿に戸惑っているのか、恐れでもしているのか、一般住民の人影はない。いまだ雨は降る準備にまで至っていないし、そもそも消火できるほどのどしゃ降りになるかどうか甚だ怪しい。第一、近隣の人々がいないとなると、消火に時間がとんでもなくかかるだろう。下手したら蕎麦屋は燃え尽きる。

 止めるか、否か。

 右か、左か。


 「あ」

 「やっちまった」


 少年の驚きと、幼馴染スパイみの声が、同時に発せられる。

逡巡してる一瞬のうちに、憲兵らはいくつかの箇所に松明を傾け、火の粉をまき散らした。ぎゅっと奥歯を噛み締めるが、致し方ない、という思いがよぎる。

 (いずれにせよ……、)

 リディは、自らの不出来を恥じたが、しかし、現状の手札ではどうにもならないと、赤々と燃え盛る木造建築の姿をその目にしかと焼き付けた。

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