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四話

 さて。

 服を脱ぎ去り……。

 分厚い質の良い上着を脱ぎ捨て、すっぽんぽんになる。

温泉は、やはり日本人が発掘したという謂われの通り、風呂の入り方も日本ルールであった。

 絵柄つきのルールが描かれた看板もしっかりと壁に貼り付けられている。金環国家バージルの、外国嫌いがまるでウソのようである。これもまた経済交流の影響か。信じられないほどの成長っぷりだ。

 ますます景気よくなった私が横開きのガラス戸を開ける、途端。

 硫黄の匂いに見事な湯気、謎の動物の口から溢れ出るお湯……マーライオンもどき。何より、私の度肝を抜いたもの。風呂の壁背景には富士山。それも赤富士である。タオル片手に、正直に立ち往生してしまった。


「これは……」


 (どう見ても、伝統的日本の銭湯……)

 懐かしさの入り混じった感心しきっていると、さっそくながら出来上がっている爺さんたちに絡まれてしまった。


 「おう、お前さん、良い体してんなー」

 「腹筋割れてるじゃねーか!」

 「あんさん、何者なんじゃい?」


 はっとして、適度にあしらう。


 「旅の者です」

 「ほほお」


 地元の人だろうか? ずいぶんと人懐っこい。

 (数人、風呂に入り浸っていたのは気づいていたが)

 体を隅々まで洗い、さっぱりとした私の堂々とした温泉への熟知っぷりに、さらなるお声がかかる。

 曰く、


 「最近の若いもんは、風呂の入り方も知らねぇからな」

 「んだんだ、ちゃんと体を洗ってから入るとはな。

  しっかりしてるじゃないか!」

 「牛乳を風呂上がりに飲む? ほう! 通だねぇ!」

 「この温泉の由来?

  あぁ、バージルのお偉いさんが、

  最初指示して作った風呂を真似して、

  このスタイルが出来上がったんじゃよ」

 「外人さんには、物珍しいかね」


 やんややんやで大騒ぎの爺さんたちに囲まれ、私はありとあらゆる質問をぶつけられるも受け流しつつ逆に、この国の現状を聞きこんだ。

 (爺さんたち、すっかりのぼせ上っているが、大丈夫だろうか?)

 心配したが、理不尽にもべらんめぇ口調で怒られたので、何かあったらあったで担いでいこうと内心で定めておく。


 「徴税がキツイな」

 「それどころか、また上がるとか」

 「ひぇえ」

 「年寄りは死ぬばかりじゃが、若いもんが不憫でならんのぅ」

 「それと、あれじゃ」

 「おう、あれじゃな」

 「あれはには困りものじゃのう」

 「うむ」


 あれ、ってなんだと聞いたが、詳しく教えてくれなかった。

外の人には教えづらい話題やもしれぬと別の話にもっていき、あれやこれやと地元の話を聞く。

 ……ついでに、隣の、私の国、アーディ王国についての同盟を結んで以降の、印象、情報収集しておく。


 「戦争狂いの脳筋集団!」

 「金もあって、勢いのある小国だのう」

 「その集団の頭である王子は顔は良いみたいじゃが、

  危ない噂もよく聞こえるぞい」

 「変態って話も耳にしたことがあるわい」

 「美少年、美少女をはべらす魔性の男だとか」

 「くわばらくわばら」


 ある意味、正しい情報の伝播っぷりに、私は頭が痛くなってきた。

美少女、美少年のくだりは、奴隷として人間を商品として粗末に扱い、あまつさえ売りつけようとしていた奴隷商を壊滅においこんだとき、王子みずから率先して手助けしたときのこと、なんだろう。

 確かに、王太子という立場にありながら、王子はあまり身分に拘りを見せないし、誰でも傍に寄せ付けてしまうから変に噂がねじ曲がっていってしまうんだろう。ましてや、この金環国家バージルにとって私が騎士団長を務めるアーディ王国なんて存在は、歴史的にも長年の敵国でしかなかった。

 やはり、悪い噂はあっという間に広まってしまう……私が一番身近にいた存在であったことから、変な教え方をしてしまったのかもしれない。

 すなわち、この世界に適していない、自由、平等、という価値観を。

 王太子殿下の存在はこの国にとって表に出なかっただけで、少々……くすぶるものはあるようだ。


 「赤毛の狂った王子」

 「悪魔のごとき美しき顔」

 「人でなしの、血に飢えた支配者(王太子)」


 私は――――たまらず嘆息し、爺さん集団から一足先に、と声をかけ、せっかくの骨身にしみる温泉からでかい図体を捻り出すことに苦心した。


 「狂王子」


 背後から、どっと笑い声とともに滲んでいる、もう一つの殿下の呼び声。

それこそ、殿下の、世界中で知れ渡っているあだ名だった。

 できれば、もう少し湯に浸かっていたかったが、致し方ない。

自分の守る国の悪口を言われ、冷静でいられる身分でもなかった。

 私は、糞真面目に騎士団の騎士団長をしてきたのだ、どうして平静でいられよう。


 「……しまった」


 肌着を身に着けながらも思い出す。

最近、この国に現れたらしい日本人の情報を集める、という肝心の目的をしていなかったことに。

 火照った体に、ため息をつく。

 確かに、王子は、戦争狂いだ。

 そういわれても仕方のないほどに、数えきれないほどの、人の運命を狂わした。

 爺さんたちが千鳥足で温泉から出て行ったのを認めてからようやく、部屋の隅から重い腰を上げることができたのだから、私もまだまだ、修業が足りない。


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