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三十七話

 金色の髪が水を含み、しどと濡れすぼっている。

さあ、と降る長雨に晒されていたためか、顎まで連なる水滴がぽつり、ぽつりと地面に落ち続けていた。手には武骨ながら実用的な剣を持ち、まとわりつく雨粒を鬱陶しそうに、まるで犬みたいに頭を横に振って飛ばす。と。

 伏せていた瞼が、ゆるりと持ち上がる。

 ――――翡翠のように色付いた異人の双眸が、黒髪の少女を捉えた。


 「……日本人、か」

 「え?」


 低い男性のそのあまりにも静かなる日本語に、衝撃を受け、瞠目する。

身構えていた姿勢が、一気に崩れた。


 「な、え?

  どうして、日本語を喋って……る?」


 彼の容姿は、一般的な日本人男性ではなかった。

まじまじと見詰めるも、どこからどう見たって……。


 「外人……?」


 渋い顔のオジサマ……といったら、怒られるかもしれないが、まるでハリウッドにでも出ていたかのような整った顔つきであった。高身長で、筋肉質な肉体。若い頃はさぞかしモテただろうなあ、といった西洋の男性が、あっさりと日本語を流暢に喋り出すのだ、黒髪の少女が動揺するのも無理はない。


 「日本語だ……ったような、あれ?

  聞き間違い?」


 半信半疑に聞き返すも、彼はまったくもって気にもとめず応答する。


 「そうだ、日本語で話をしている。

  聞き間違いではないぞ?」

  

 すらすらと日本語を喋りながら、その翠の瞳を細めた。

少し、口の端が上がっているから笑っているんだろう。

 ――――先ほどの鬼気迫る動きが、まるで嘘のような穏やかさだ。


 「あ、ほ、本当に……?」

 「本当だとも」

 

 今にも殺されそうになっていた少女の前に飛ぶようにして割って入り、その手にある剣を滑り込ませた。一瞬の振る舞いだったため、彼女の目にはまったくもって何が起きたのかは結果でしか見当がつかぬが、転がって気を失っている隊長の姿やあちこちて点在する部下らの倒れ込む姿に、やっと、この男性こそがその腕を振るったのだと知った。パッと見、日本語を操る渋みある西洋人、にしか見えないが。


 「久方ぶりに、話したが……、

  通じたようで、良かった」


 それでいて、その瞳のなんと柔らかいことか。

大の男が軽く頭を傾げる仕草にうっかり、心が安らいでしまう。

年齢は、30代からやけに若い40代、といったところか。声のトーンも落ち着いてるし、なんだかほっとするのだ。しかし、不安そうに小女は黒髪の少女の顔を見つめている。彼女は日本語を理解できないので、当然の仕草ではあった。

 くいくいと服を引っ張る彼女に眉を下げつつ、話の通じる彼に助けてもらえるかもと淡い期待が灯る。


 「でも、どうして日本語が……」

 「それは……」


 と、彼は振り向きざま剣を構えた。


 「え、」


 何かを弾く、ような仕草をした金髪碧眼の男。

すらりと半円を描き、剣先を地面へと向ける。まるで抱えるようにして、剣の型をとる。黒髪の少女と、小さな女の子を守るためなのか、彼は、その広い背中を少女たちに見せていた。


 「へぇ、バレたか」

 「……確か、地獄の犬、だったか」


 気付けば、日本語を話す男性の足元には飛び道具のようなものが、それも、先の鋭い鉄の小型武器が落ちていた。ふいに、視界にその存在を強めたのは、かの男。小女をいじめた奴であった。小さな女の子は、勇ましき黒髪の少女の後ろに居つき、服の端を離すまいと握りしめる。


 「な、なんで……」


 あんなにも見事に倒れたくせして、この憲兵のボスは、首をあっちこっちと曲げて筋肉をほぐすことさえ始めていた。


 「ちったァ効いたよ、騎士団長殿」

 「ほう」


 途端、ニカりと笑う。

ざっくばらんに乱れきった茶色髪には泥が付着していて、あちこちに跳ねているし、せっかくの隊長服はどこもかしこも洗うのに大変そうな始末であった。

そんな恰好であるというのに、彼は気にもせず、その長髪の隙間から、金髪碧眼の男を下から上を見上げるようにして睨みつけた。いや、身長は騎士団長殿のほうが高いゆえに、自然とそうなってしまう、が。


 「私の地位と、名前を知っているか」

 「あーたり前ヨ、金環国家バージルの宿敵、

  かの美貌の王子の僕、いや、若いツバメの主、か?」

 「……相変わらず、訳のわからない噂が飛び交っているんだな、

  このような遠い地にまでも」

 「ケケケ、まァ、偏執されてるのは知ってるよォ」


 馬鹿みたいに大きく両手を広げ地獄の犬と称された、どこまでも追跡して敵を喰らうといわれる憲兵の隊長は腰を落とし、しかめっ面をする騎士団長の顔をじっとりと舐めるようにして上目遣いになる。


 「スゲーよナぁ、あの王子様はよォ。

  あんたのためだけに、騎士団を動かしてまで、

  国境沿いからオレッちのバージル王を恫喝している。

  それもこれも、アンタを手に戻したがっているかラ」

 「……まさか、」

 「そのマサカよ。

  分かってんダロ?

  ……アノ王子様の弱みであるアンタを捕まえりゃ、

  まぁ、なんとかナルかもしれんが、ナ」


 言いながら、地獄の犬は、その手をぷらんとぶら下げた。

――――本当に、ぶら下げたものである。


 「決闘でもしようと思ったんだがナァ」


 二の腕が、中折れ状態になっていた。通常ではない、異様な曲がり方をしていたため、彼らを見守っていた黒髪の少女はうっかり悲鳴を上げそうになったが、幸いにして唇を抑える両手の隙間から、空気が漏れ出るばかりであった。


 「アア、腕が折れちまっタ。

  アンタ、本当に剣が上手いナ。

  あんな一瞬で、三回も攻撃シテキヤガッタ」

 「剣にはいささか、心得があるのでな」

 「納得するヨ。

  重たい剣戟だっタ。

  しかも、ちょっとばかし、手を抜いてただろーよ、

  騎士団長さんよぉ」

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