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三十四話

 ――――憶えている。

沢山のざわめきと好奇な視線を注がれ、緊張していたことを。まるで映画のワンシーンのような白亜なお城の、シャンデリアの真下にて胸を張り……、綺麗に着飾った高貴なる人々の手前で、私は、勇気を振り絞って、王に向けて声高に叫んだ。陛下、なんて。生まれてこの方、使ったことのない言葉だ。でも、私はこの口で、確かに呼んだ。かの、バージルの王に。

 それが、まさか、こんな悲劇的な、ある意味、喜劇的な場面にまで移り変わるだなんて。

 ドラマチックすぎて、涙がちょちょぎれそうだ。

実際、涙目だよ。本当に。

だって、ここまで酷い話、あるはずもない。あってたまるか。

 ――――わたしは覚えている、あの男を。

まるで病的な白い肌の持ち主だけれど、一応は生きているらしい。気持ち悪いほどに頬に肉がなくて、茶色の髪が無駄に長く、隙間から見える瞳の色が爛々と輝いて見えて……嗜虐的な光をその双眸に宿す、中肉中背な男。

 奴は、バージルの王の後ろで控えていた。

頭をたれ、まるで気持ち悪い大人しさであった。今思えば、それは間違いなく正しい直感だった。ふいに覗く、その素顔は整ってはいる。だが、どことなく鼻の先が曲がっていて、わたしを馬鹿にする口ぶりをみるに、本当に、軽蔑しきっていたんだろう。

 

 「自ら奴隷になりたがル、大馬鹿な日本人」


 それが、開口一番に、わたしを軟禁部屋へ押しこんだときの言葉だ。

わたしは、それがどういった意味を示すのか、まったくもって無理解だった。教えられた知識によれば、わたしは異世界の人間として、この国の住人に迎えられるはずだった。歓迎されるとばかり思っていた。だって、この世界のどこかしこもまるで日本の影響がありまくりで、わたしが伝えた接客サービスも、呉服屋でためしにしてもらったら、大繁盛。ご飯も和食がメインだったし、妙な印籠の使い方をしていたり、変に簪を頭にさしてたりしてるけど、ちぐはぐな和が、かえって、この国には日本人への好意があるってことの証拠だと勘違いをした。

 わたし以外の日本人に会えるかもしれない。

 そうすれば、わたしは、ひとりぼっちじゃなかったし。今後のことも、憂慮していた。

 ――――でも、現実は。

わたしは、金環国家バージルに国ぐるみですっかり騙されていたのだ。中途半端な和という文化は、思い返せば違和感はあった。看板に描かれた文字も、どこか古めかしいくせして旧い漢字で書かれたものばかりだったし、おまけに読み方が右からだった。

料理も、やや古いというか。わたしのような現代の人間が食べるようなものではなく、年寄りが好んで食べるような、茶色の食事メニューばかりが並んでいたように思う。ハンバーガーとか、そういったガラパゴス的なものは無かったし、コショウを使うような料理さえなかったな。そういえば。

 家具だってそう。昔の、そういったものばかりだ。古い。とにかく。家だって、木造ばかり。例外なのはお城ぐらいだ。華やかでいて、決して燃えない石造りのお城。街中の建築物は、すべて木が材料だというのに。自分だけ助かる気満々なようで、美しいけれども、何か、こう。怖いものがあった。

 日本の面影は、しかとある。

 でも、わたしの時代のものは、無かった。

だからか、彼らはわたしがお城に荷物を持っていないことにがっかりとした表情を忌憚なく浮かべ、しかし、中途半端な笑みを反射的に彼らに返してしまった日本人らしさを示してしまうわたしを見つめ、気持ち悪い感情をむき出しにしてきた。

 

 「ははは、飛んで火に入る夏の虫、ってネ」


 ――――あの時のように、この男は、針のようにその瞳を細くして、わたしを馬鹿にしてくる。

 ごうごうに燃え盛るためか、うしろからの熱波が酷い。

ますます、あの蕎麦屋が駄目になってしまっているようだった。ガラガラと、何かが砕け落ちる音が木霊する。そのためか、一般人の姿もちらほらと散見されるも、見るからに野蛮な兵らの数にあからさますぎるほどに怯え、遠いところから、こちらの様子を伺っているようだった。火事だから、本来は水をかけて消火したいのだろうが……、中心にいるリーダー各の男がまったくもって動く気配がない。そのため、奴の部下も微塵も動作することはなく、ただ、わたしたちの様子を、こんな小娘二人の動きを大の男たちが無言で見張っているばかりであった。

 前門の虎、後門の火事。

さて、どちらがマシだろうか?

 後ろはボウボウに燃え盛っていて自ら焼死にいくようなもんだし、かといって前に行くのはお勧めしない。

 あの男は、飄々な癖して腰にある刀のように曲がった武器を携帯している。切られない、なんて保障はまるでない。ましてや、捕まるなんてこと。なんのために、今まで逃げ回ってきたのか。奴らの呟く奴隷にされないためではないか。

 

 「サテサテ、どうする、勇ましき者ヨ。

  騙され、絞られる搾取の対象。

  どこまで抗う予定ダ?」


 ひらひらと長い指を蠢かす遊戯な仕草はぞっとする。良い大人が、なんと知恵の足りない振る舞いをするのか。モゴモゴと何かを喋っているようだが、てんでわたしには理解できない。軟禁された日からしばらくして、わたしの頭に変な液体をぶちまけられたことがあった。何かを綺麗な女の人が喚いていたようだったが、連行されてしまった彼女の姿は、のちに目にすることさえなくなった。思えば、あの時から、私はこの世界の言語を理解できなくなってしまった。翻訳できなくなってしまったのだ。不便になってしまったと、嘆いた。

 でも、言葉にできない思いというものは、通じるときがある。

 わたしは、彼女の手を掴む。

すると、小さな女の子も、私の意図を感じとってくれた。


 「逃げよう」


 どこまで走れるのか。

分からない。でも、理不尽な行為に晒され続け、壊されるぐらいなら。

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