二十六話
「リディ、元気にしているか?
俺は駄目だ。お前がいないと、安らげぬ。
ハゲ大臣の群れる禿頭ばかりみていては、俺までハゲになりそうだ。
……どうして国を出て行った?
父上の力を借りてまで、無理に行く必要はあったのか?
情報部の長はついていったようだな。
何故だ。どうして、俺に頼まなかった?
一言いえば、俺がついていってやるのに……。
早く帰ってこないと、謀反の兆しありとか、いい加減な罪状で、
騎士団を二つぐらい金環国家に差し向け、
派手に迎えに行かせてやるからな。これでもまだ我慢しているんだ。
あと十日。
それまでに、なんとかしろ」
だそうです。
しーん、とこれほどまでに静けさ漂う幼馴染みを、私は見たことが無かった。ひとまず殿下同様元気のないジェイズは放っておいて、やり遂げた感いっぱいの彼女に顔を向ける。
「副官殿」
「はっ」
「殿下の声真似、うまいな……」
「恐悦至極に存じます」
副官殿のハスキーボイスが、ちょうど殿下の一番高い声の部分において、似ていた。意外な特技である。褒められたのか、きりりとした顔がさらに凛として極まっているように見えた。心なしか、ほのぼのとした空気が漂う。
「って、ちょっと。
そういうことじゃないでしょうよ」
それに、ジェイズが反応した。何故だ。
「ヤバいじゃねーか。
あの殿下が、騎士団動かすなんてほざいてんぞ」
「ジェイズも口調が少し崩れてんぞ」
「俺はいいんだよ!」
幼馴染みは、さらに未だかつてない身振り手振りで、私に危機を伝えてきた。それだけ焦っているといえよう。
「それに、十日とか!
期限あるんですけど」
心得たもので、眼鏡をくいっと上げた副官殿は引き算をした。
「わたしがこの国へ入国する直前にお言葉をちょうだいしましたので、
実際には今日を含めてあと五日ですね」
「短っ!」
「それに、騎士団二つ動かすということですから、
すでに国境沿いで展開していてもおかしくはありません」
「切羽詰まりすぎだろ、殿下!」
うあああ、と頭を掻きむしるチャラ男、ジェイズ。
私は、その発狂振りを観察するかのように眺める。
「って、何呑気にしてんだ、リディ」
「何って。
いや、もうしょうがないだろう、あの殿下のことだ、
……金環国家に威圧行動をしかけているのは判明したが、
五日以内に事を納めれば良いんだろう」
「は?」
お前、何言ってんの?
って表情で私を見ているのが分かる。
(いや、私だって五日で事態が動くってそうは思っていない)
「上手くいけば、ということだ」
「……お前なぁ、
そう簡単にいくと……」
「それに、ジェイズを信頼している」
「むむ……」
眼を細める幼馴染み。整った顔の唇が真一文字に引き絞られる。
それで器用にも唸ったままなので、追い打ちをかける。
「幼馴染みが黙っているってことは、どこまでかは分からんが、
殿下のご命令で動いているんだろう? ジェイズ。
本当なら、私は長官の部下に協力をしてもらっていたところだ、
それなのに、腕利きである君までもが、直々に、お休みもなくしてまで、
仕事をしているってことは、まあ、そういうことなんだろう」
殿下がご下命したんだろう、
って言っちゃうと、内密にしているんだろう幼馴染みに悪いので言外に含めておく。なんせ、この幼馴染み、幼馴染みゆえの気安さゆえに会話の端々で本音がダダ漏れであった。ぎゅっと歯噛みをしていても、チャラ男の見た目ゆえなのか、なんというか、可愛いというよりも愛嬌があった。
ぐぬぬ、と悔しがりながらも、次第に力むことを辞めた彼は、はぁ、と。
彼らしくなくため息をつきながら、事の仔細を話し始めた。
「……やっぱ、騎士団長殿は騙されてくれねぇーか」
この幼馴染みが私に、日本人の詳細をバラした翌日、私は殿下に休暇を申し出た。
それに訝しんだ殿下、あっという間に幼馴染みである情報部長官が、私にとって必要不可欠な情報、いうなれば必ず喰いつく餌(日本人情報)をバラして動かしてしまったと理解、
「リディに余計な入れ知恵をしたのは君か」
「ひええ」
という経緯でもって、彼は休暇返上で、私の手伝いをするようになった。
「……なんというか、説明が簡易すぎないか?」
「そうか?」
なんて嘯く幼馴染み。それが証拠に、あさっての方向に視線を、わざとらしくやっている。絶対にまだ隠していることがあるんだろう。
(とはいえ、あまり突き詰めてもな……)
嘘はつかないだろうが、本音は語らないだろう。
「団長」
そこに、我らが副官殿が挙手をした。
「なんだ」
「そもそも、自称日本人を保護したい、というのが、
団長の目的ですよね」
「ああ」
「……そこまでして、やらなければならないことなんでしょうか」
口を噤んでいると、副官殿がはっきりと告げた。
「サトゥーン団長、
確かにこの国は酷い奴隷制度を使う、
ひどく差別的な法律を容認するとんでもない国です。
ですが、それは、我がアーディ王国にとって、
関係のあることなんでしょうか?」
(さすが我らが副官殿だ。
言いたくない事柄だろうに、自分から率先して発言するとは)
もし、私が引退するときは、初の女性騎士団長っていいかもしれない、などと、彼女の凛々しくなった顔立ちを確認しながら、その成長を眩しく思いながら見つめる。
「我々騎士は、国に、王に誓いを立てます。
団長、団長は、いったい誰に誓いを立てているのです」
「……それは無論、リヒター殿下だ」
「でしたら、おのずと答えはみえているのでは?」
つまり、彼女が言いたいのは……、さっさとこの国から出て、殿下の気持ちに寄り添え、ということだ。殿下の我儘さえ引き受けられずにどこが欺瞞か、ぐらいは言っているに等しい。
そう、私が教えた騎士道の通り、彼女は、副官殿は立派にやってくれている。
私は、満足していた。
勿論、自分の人生に、だ。
「あの、団長様」
(時間切れのようだ)
まるで、コマ送りの白黒映画のように、彼女、紫部が現れた。
少女は、後ろを気にして、振り返る。
そこに、ひとりの諜報員が控えていた。
どうやら、私が頼んでいた情報を持ってきてくれたらしい。
「さて、教えてくれ。
異変は、あったか?」
訊ねるや、こくり、と、忍びのごとく静寂な諜報員が、一般市民を装っていながらも、頭を垂れた。




