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二十五話

 「まず前もって申し上げますが、本当に大したことではありません」


 紫部しぶがいなくなってから、やにわに喋り出した副官殿。淡々とした口調、いつもの女上司といった風情である。私と違ってしっかと慣れていないであろう正座をして、私と幼馴染みを相手どって話を進める。

 反対に、ジェイズはちゃぶ台に肘をつけて顎に手を置いて、畳の上では片膝をたてて座るという究極にだらしない恰好で、副官殿の鋭い目つきを気にも留めず、飄々としている。

 

 「そうだねぇ、だって、副官殿は団長の代わりに、

  リヒター殿下の護衛を担当してたでしょ。

  そのお役目、どうしたの?」

 「それは、引き続き副官補佐の二人が主だってやってくれています。

  しっかりやってくれているはずです」

 「そうなの?

  それなら、いいんだけど」


 ちら、と私に目線だけで問われた。それに、副官殿が代わりに答える。


 「無論、やってなければ罰則規定に則って処罰するだけです」

 「こわっ」


 ニコニコしながら話を聞いていたジェイズは、両肩を両の手でさすりながら、私の耳に口を近づける。


 「なぁ、お前の師団ってそんな物騒なことやってんのか」

 「信賞必罰は当たり前だ」

 「ええー」


 ええーって。

こっちこそええーだ。

 私は呆れながら腕を組んだままで、彼と向き合う。


 「ジェイズ、お前のとこはどうなんだ。

  情報部だから、少し、違うんだろうが」

 「ああ、まぁ……、

  だいたい、就業時間なんてあってないようなもんだしな」

 「なるほど」

 「そっちの仕事はちゃんと時間もやることも決まっているからなあ、

  羨ましいって思うことはあるぞ、女の子にキャーキャー言われるんだろ、

  騎士様、騎士様って!

  俺なんて、諜報員スパイ様ぁ、諜報員スパイ様ぁ、って

  言われてみ、たくもないな、うん」

 「そりゃそうだな」


 偏見も多分にあるんだろうが、あまり諜報員スパイは顔を知られるべきではない。影に隠れて職務を全うするから、目立ちたくはないだろう。

 (さて……)

 私は副官殿を見た。いつもの態だが、どこか、瞳が揺らいでいる。これは長年職場を共にした者でなければ、分からない不安だ。果たして、自分は正しい行動をとったかどうか。私の代わりに殿下のお守りをしていたが、ジェイズに言われたことが殊の外こたえたものか……その大事なお役目を放棄せざるを得ない理由なんて、一つしかない。


 「……心配するな」

 「団長」


 私は軽いため息をつきながら、真面目な副官殿がこの国へやってきた理由をあっさりと当てた。


 「どうせ、殿下のご命令だろう。

  私のところへ君を寄越してきたのは」

 

項垂れたように脱力する副官殿に、私は組んでいた両手をほどいて自分の両ひざに置き直す。


 「大丈夫だ。

  私は王太子殿下直属の部下だ、その部下である君は、

  殿下の命令に逆らうことなぞできん」

 「はい……ですが、団長直々のお言葉を、いただいたのに……」


 (気にしているようだ……)

 眉間の間に刻まれた縦皺がぴくぴくと微動している……ものすごいストレスを感じているようだ。

 (私の命を遂行できなかったことをガッカリしているんだろう)

 そこまで気にしなくてもいいのに、とは思う。

なんせ、王宮である。

殿下のサポート役はいくらでもいるし、いうなれば替えが効く。私もそう。

 だから、不測の事態に備えて副官殿にその仕事を補助をする二人組を以前よりつけていた。きっと今頃、怖い副官殿がいないと羽を伸ばした殿下があれこれと面倒なことをやらかしてるんだろう。


 (この前は、夜会で出会ったご令嬢と……、はぁ。

  その翌日にはどこぞの一夜の恋に目覚めた別の令嬢が、

  殿下とご令嬢がにゃんにゃんしてるところを入り込み……、

  って死語か。あー、修羅場は嫌だ。キャットファイトも見たくない。

  それで私が間に入ったりすると、

  何故か私に謎のホモ疑惑が湧いて出てくるんだよな……。

  キンキン声がその日一日耳の中を木霊するのはいかがなものか)


 「なぁ副官殿。リディって殿下のことになると、いつもこうだったか?」

 「え、ええ、そうですが」

 「へぇ」

 

 私が過去に思いを馳せていると、彼らは仲良く顔を突き合わせて話をしていた。


 「……聞こえているぞ」

 「わざとだよ、わざと」


 言うや、頬を緩ませる幼馴染み。


 「で、リディ。

  俺の配下はどうだった?」

 「ん? あぁ、すごい優秀だな。

  今、頼みごとをしている。

  その成果を待っているところだ」

 「ほう」

 「それで、この女郎屋は拠点として使えるのか?」

 「ああ、問題ないぞ。

  入り口の親父も諜報員スパイだし、

  ここは金環国家における諜報員養成所のようなところだからな」

 「それで、紫部がいるわけか」

 「ああ。

  まあ、あいつは飲み込みが早い。

  育てば、女諜報員として色んな奴をたらしこめそうだからな。

  将来有望だよ」

 「……そうか」

 

 (労働基準法とかない世界だからな。

  しかし、あんな若い身空で、こんな世界で生きなくても)


 「お? 不満か?」

 「いや、お前の配下のことだ、

  紫部本人も納得の上でやってるんだろう」


 (幼馴染みもそうだが、我がアーディ王国の諜報員とやらは、

  代々世襲制だったはず。昔っから存在している工作員だからな……、

  家の職を継いでいるだけだ、誇りがあるんだろう。

  ……私があれこれ言っても、最早どうにもなるまい)

 

 「それより、お前のほうはどうなんだ?

  私は結果待ちだが」

 「俺かあ……、

  まあ、ぼちぼち、ってところかな」

 「ぼちぼち、か」

 「ああ、ぼちぼちだ」


 沈黙がその場を支配する。

それでも彼は、左右に体を揺らし、にっこりとご機嫌にほほ笑む。

 (む……)

この幼馴染みがこういう顔をしたとき。絶対に喋らないのだ。

 

 「……分かった。

  これ以上は何も聞かん」

 「さすが!」


 褒めてくるが、ちっとも嬉しくはない。

 (こいつのすることなんて、気にする方が負けのような気が)

 一応、こんなナリでも情報部長官である。才能だけはピカ一。私と同じで、殿下の直属の部下でもあるのだ、他にもやるべき仕事があるやもしれん。

 

 「それより、副官殿」

 「はっ!」

 「殿下は、なんと……」


 すると、一応、殿下の部下として気にもなるのか、ジェイズも聞き耳をたてている。私は副官殿の鋭い目をみた。少し戸惑っているようだったが、意を決して口開く。


 「では、殿下からの口伝をそのままお伝えします」


 すう、と傍目からみても分かるぐらいに酸素を吸い込む。 

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