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二十二話

 「どうして、ここに」

 「サトゥーン団長こそ、何故このような場所にいるのです」


 地の底を這うような声を出し、何やら拳を握りしめる副官殿。

ちら、と。服装を慌てて整える少女を、どこか蔑んだ目で見下ろす。


 「これは、どういうことです?」

 「や、それは、その」

 「まさか、このような年端もいかぬ女子おなご

  手籠めにしようと……」

 「め、滅相もない!」


 思わず否定してしまったものの、ここは明らかにそういう用途の店であった。


 「では、わたしの後ろにある、あの布団はいったい?」

 「あ、そ、それは私が寝るための」

 「はぁ?

  ならば、何故ふたつ、並べてあるのです」


 よくみると、大きく開かれた隙間の向こう側、そこには言われた通りの。雰囲気づくりのために薄暗くなっていた部屋に、ほのかに浮かび上がる二組の布団があった。

 ごくり、と喉が鳴る。

なんだ、この全身にみなぎる緊張感は……。

 

 「このような場所でお遊びとは……。

  我々にあのような方を押し付けておいて良いご身分ではなくて?」


 (いや、実際良いご身分……)

と思ったが、ただでさえハスキーボイスな彼女の淡々とした声に底知れぬ怒りを感じ、沈黙してしまう。下手なことをいえば、火に油を注ぐようなものである。

 大きくため息をついた副官殿に、我が身がつまされる思いだ。

 

 「ああ、臭い。酒臭いわ。

  この匂い……」

 

 彼女はわざとらしく自らの鼻をつまみ、片手をひらひらとさせた。


 「本当に、団長。貴方、何をしているのです?

  こんな場所で呑気に酒に飲まれて……、

  ……不潔!」

 「や、そもそも副官殿、私はまだ何もしてな……」 

 「は?」


 くわっ、と大きく両目を見開き、さらに張り上げられる声音に、背後で隠れる少女がびくりと身を竦ませた。


 「まだ!?」

 「い、いやいやいや、元よりそのつもりもない、ないぞ」

 「なら、その首筋にあるうっ血痕はなんなんです?」

 

 はっとして、首元に手をやる。

たぶん、あるんだろう。ちくりとした痛みがあったし、この数日間は消えないような、キスマークが。


 「嘆かわしい。嗚呼、嘆かわしい……。

  我らが団長、まさかの貴方がこのような行為をなさるとは……」


 悲しまれた……。なんだろう、このやるせなさは。

 (雰囲気に流されそうにはなっていたしなあ)

 確かに、一歩間違えていたら、濡れ場手前をこの直属の部下に見せてしまうところであった。ぞっとする。職場の人間に、そのような生々しい現場を覗かせてしまうなんて、そんなこと。穴があったら入りたい。

 座ったまま、おそるおそる潔癖な副官殿を見上げる。

 と、彼女のキラリと煌めく眼鏡が反射して真っ白に見えた。


 「こんなお乳の匂いもとれてなさそうな、

  未熟な相手ガキに何をなさるつもりです。

  やっぱり節操なしに鞍替えですか」

 「いや、そ、そういう訳じゃ」

 「では、考えなしですか?

  子供に子供を作らせてどうするのです。

  このような店ですから、性交したらどのような病気に患うか、

  わかったもんじゃないというのに。

  いくら国交が結ばれた国とはいえ、

  貴方は立場がおありの方であり、

  下手に情でもうつされて居残られでもしたら、

  ……このような場所に未練でも作らされてしまったら、

  我々はもとより、我らが主がどのように嘆かれることか」


 (う)

 殿下のことを言外に含まれると、大変弱る。

 おまけに図星だ。食道楽に気持ちが傾きつつあったため、下手に老後の隠居をこの国で、なんて少しでも語りようものならば、ものすごい口撃を受けそうである。

 ――――この副官殿は、アラサーだがどちらかというとアラフォーに近……といってもいい妙齢の女性だ。

 茶色に茶の瞳。美人だが、キツイいい方や口調が特徴で、我がアーディ王国では初となる女性騎士でもあった。また、文官組に出向してた時期もあるためか机仕事が大得意で、うちの団員たちは、皆、彼女に頭が上がらない。経費についての諸々をぶんどってくる凄腕、かつ、剣も父同様使いこなすゆえに臨時教官を時折頼まれるほどの腕前で、女性王族を護衛する筆頭によくあげられる。

 私は私で座り仕事は苦手ではなく、どちらかというと軍事的なことも、騎士としての体を張った仕事もできる、オールマイティーな、どこといってこだわりのないタイプだ。


 「はぁ、まったく、団長はとんでもないことを……」

 

 その後、エンドレス。

 じっとりと冷や汗を脇にかいて副官殿の洗礼をひとしきり受けると、彼女はそこそこ気持ちを落ち着けたものか、眼鏡をくいっと人差し指で上げた彼女、その矛先は、先ほどからボロクソに言っていた少女に対しても、パンチの利いた声を吐き出した。

 

 「ったく、この泥棒猫が……」


 途端、びくり、と総身を震わせた彼女、副官殿から放出される蛇睨みから逃れるため、ますます私の背中にしがみついてきた。その有様が、少し、哀れで、ついつい後ろを振り返り、張り付いてきた彼女のほっそりとした手に大丈夫だという意志を伝えるため、ぽん、と軽く触れてやるとますますしがみついて、弱弱しく微笑んだ。庇護欲をそそらせる姿、実にあざとい。

 (たぶん、大多数の人は、可愛い、と思うんだろうが)

 そうではない人物もいた。

我らが副官殿である。


 「はぁ?

  なんなの、その態度。糞が」


 道端にぺっ、と唾でも吐きつけるかのような発言、まるでチンピラそのものであった。さすがに眉を顰めた私は、


 「副官殿、さすがにそれは……」

 「では団長は、そのあからさまな媚を嬉しい、とお考えで?」

 「は? あ、いや、それは……」


 (ほ、矛先が私に)

 正直、自分を高く、色目良く見せつける技術は、彼女がこの店で生きていくために必要なものであって、別に追及されるべきものじゃない。

 そこまでぶりっ子には感じないし、もしかしたら、私が男だから鈍感になってしまっているのかもしれないが、頼られて嫌になる男でもなし。

 

 


 そんな調子の、剣山の上に正座しているような心持であった私に副官殿が思う存分言い尽くしているのを、幼馴染スパイみたるアイリーンは襖の裏で笑い出すのをこらえ、畳の上で転げまわるのも我慢していたそうである。

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