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二十一話

 女の年齢は、十代だという。


 「口減らしに、売られたのでございます」


 丁寧にお酌をしてくれる姿は初々しく、ほっそりとした手首が白い。顔も可愛らしく、未だこの仕事に慣れていないのだとか。


 「それで、よくお客様に可愛がられています」


 コレが良いと評判になって常連がつく、と言外にいわれる。

そうか、と頷き、お猪口を一口飲み干す。用意された煮しめもなかなか。ホクホクの里芋もちゃんと味が染みついている。お花の形に彩られた人参も甘く、日本酒に間違いなく合う一品であった。

 お猪口をカラにすると、ちゃんと注いでくれる。手酌でも別にかまわぬ身の上ではあるが、これは……また一気に飲み干すと、なかなか、良い日本酒のようだ。ほどほどに頭がふわふわとする、二日酔いの心配がなさそうな。大吟醸か? といってもおかしくないほどにうまい酒だ。金払いが高くつきそうだが、良い心地である。酔い始めたものか、唇の端から一滴、零れる。


 「まぁ、愛らしいお口……」

 「こんなおっさんでは、愛らしいも何も」


 むしろ君の方が、と言うのを遮る彼女、柔らかな指腹を、私の唇に当てる。


 「うふふ、濡れて、美味しい味がしそう……」


と、気付けば口づけをされそうになっていた。

 さて、してやったほうがいいものか。

 可憐な少女が、私の乾いて年季の入りまくった唇を吸い付くなんて、すさまじく御用になりそうな絵面である。おまけに、胸元を見せつけるがごとく私に晒しているし、とんでもなく私が金を持っているとあの入り口の中年オヤジが言い含めているんだろう。やれやれ。私は良い鴨だな。

 私の肩にしなだれかかる彼女の姿は、成人前の少女の、その柔軟で透き通るような青白い肌、うるうるとした瞳、黒く染めたんだろう結い上げた髪がはらりと一束、簪から抜けて私の頬にかかる。また、酒と甘ったるい化粧の匂いが相まって、真っ赤な紅を引いた唇が非常に妖しい雰囲気である。

 正直、流されそうになっていた。

 (このまま空気を読んでしまえば、話はしやすくなるか?)

 かといって、金をただ落とすには代償が高いような。すらりとした太ももが艶めかしい。すごい。気付かぬうちに、畳の上に晒している。

 次にどんな手管がやってくるかと思っていると、その柔らかな手の平でもって、私の顔をそっと撫でつつも、襟元を緩めた上着にも整った指を入れこむ。鎖骨のあたりをこわごわと触れるあたり、なんともこそばゆい。

 (しかしなあ……)

 それでも私は、まだ躊躇していた。

ここで肌を合わせて金を惜しみなく払えば、大概のことは話を通してくれるだろう。つまりは、やりやすくなるのだ。ここを拠点にしてしまえばいいし、そこそこの情を通わせてしまえば、彼女は私を毛嫌いするまでには至るまい。要は、信用させるために、おツき合いをするということだ。

 (かつては女だった私だ、

  彼女の、両親に売られたという話が本当なら忘七から買ってやるし、

  それが嫌なら高い物を与えて好きなようにさせてお得意様になればいいし、

  ダダをこねるようならば、別の女性に変えてもらうか……、

  他店へ移動するか……、……、

  女の言動外にある意味に汲み取ってやれるなんて、そんなこと、

  ……なんてひどい奴なんだろうな、私は)

 上の空だったのが癪だったか、少女は惜しみなく、私の首筋に額をを押し付ける。


 「ん、……」


 ちくりとした痛みが生じる。吸い付かれたようだ。

上目使いでぺろりと赤い舌を出して、ペロリとうっ血した箇所を舐めるあたり、私という客が彼女にとってある種の顧客になると踏んだものか、やや積極的になってきた。

 (やるべきか、やらざるべき……か)

 ここはこういう店なのだから、普通やらない男はいないだろう。

 ただ、私は、あまり……、正直言って、経験はあまり豊富じゃない。童貞といっても差し支えがない。記憶にないのだ。酒の勢い、というものはあったが、ただそれだけが経験といっていいもので、ひどく憂鬱なものだったのは記憶の底にある。前世の経験がなければ、当時若かった私は打ちのめされていただろう。

 (……はぁ)

 どこまで、私はこの性差に振り回されなければならないのか。

 ふいによぎった寂しさに、気持ちを霞めとられていた、そのとき。

 ――――ふと、視線を感じた。


 「きゃっ」


 両手で、悲鳴を上げる彼女の肩を押しのけて距離をとる。

 途端、私の前に落ちたる何か。

 (投擲!?)

 ぱっと体の位置を変え、腰にある剣の柄に手をおく。

気持ちを落ち着かせ、背中にいる少女を守る体制に入る。

 この部屋は、二部屋あり。

隣は襖で仕切られ、閉じられていたはずだが、気付かぬ内に隙間が空いていた。

見える範囲では、私が居る部屋よりもムード重視のために、布団が敷いてあった。常識的に考えて、そこはそういう用途の部屋だ。

 私のお相手は背後で私の肩甲骨あたりにすがりついている最中だし、二人を相手どるなんて話は受付とはしていない。

 

 「……誰だ」


 声をかける、と。

スパン、といっそ小気味よいほどの音と共に、一人の女性が姿を現した。

 私は、それがアイリーンだと思っていた。

もしかしたら、そうかもしれない、と。

 実際、私の手前に落ちたるは、小粒の向日葵。

 花瓶にもさして愛でることができるようなサイズの、可憐ながらも、愛らしいそれ。明るい太陽のような輝きを感じさせるそれが、諜報員スパイたちにとっての合図であった。

 現在、私の前にお立ちなさるは、女性は女性でも、別格の女性だ。

 薄暗い部屋から、明るい部屋へ顔を晒した彼女。

すっとした鼻筋、鋭い瞳。きっつい目つきだが、彼女は視力が悪いのだ。だからいつもガンつけて歩く。視力矯正用のメガネを装着しても揺るがない鋭い視線。それでいて油断なく肌を露出しない社会人用スーツに近い恰好はさながら、女教頭、あるいは、歩くお局様、といった風貌である。

 いつものように髪をまとめ上げ、毛の一本も顔に当てないキツキツな髪型は、あまり言いたくはないがいくら女性であっても将来的に薄毛になる可能性を秘めているので、あまり縛らない方が、なんていったら盛大に怒られたことで以前、副官殿の補佐がしょんぼりとしていたが。


 「ふ、副官殿……!?」


 間違いない。

 非常に怖い気配を滲ませた、私の副官殿が参上していたのであった。

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