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二話

 後頭部に撫でつけた髪は金色で、穏やかな瞳はことさらにあおく、深いみどりにも見えるという金髪碧眼の男。

 肉体は長年の研鑽が滲みでているのか筋肉質で首回りが太く、ガタイの割に動きは俊敏、戦いにおいては騎士団長の名に恥じぬ働きをしてみせる……将来を約束された王太子である王子のしもべにして、自他ともに認める優れた武人。

 年齢は、満41歳。

 髭の手入れが上手くできずに不満を抱く未婚だ。

 ――――この歳になっても結婚してない、ということは、顔立ちが悪い不良物件にみえるかもしれぬが、そうではない。厳ついだけである。騎士らしく武骨な私も、若い頃はそれなりにモテていたようなのだが、気付かなかっただけである。決して、モテなかった、というわけではない。疲れ知らずの殿下の世話に、明け暮れていただけである……そう、あの殿下に。走馬灯のごとく、厄介な思い出が噴出するうえ片頭痛がしてくる始末ゆえに割愛するが、自分は笑うと目尻に年相応の小じわができ、柔和で優しげであるらしい。

長身かつ厳つくってがっちりな野郎が微笑むと最初の印象と雰囲気が変わるため、初対面でも相手の心を開かせるのに役立っていた。

 騎士団長らしい威圧感があるからその差が激しい……のは、幼馴染スパイみの談。

 決して、モテなかった、という訳ではない。大事なことなので、何度も繰り返す。復唱は大事だ。


名を、


「リディール・レイ・サトゥーン伯爵、いえ、騎士団長殿……!」


 国境沿いでは、隣国への旅立ちにひとつの旅券パスポートで行き来ができる。

 私は、兵に差し出した旅券の名前に釘付けになって微動だにしない自国国境の門番へ、改めて訊ねた。


 「確認はとれたかな?」

 「え、あ、は、ははは、はいっ!」


 慌てて教科書通りの最敬礼をしてみせる兵に、思わず苦笑する。

 己の上司の、さらに上司の上の上司の上司……である私に驚愕するのも、無理はない。まさかこんなところにまで、王太子護衛の筆頭である騎士団長がやってくるとは思いもしないだろうから。

 そっと腰をかがめ、兵の耳朶に囁く。


 「休暇なんだ」

 「えっ!

  あ、あの休みなんて存在しない驚異の鉄人……サトゥーン騎士団長が……?」


 衝撃に大きく目を見開く兵の顔ときたら……。

 折り曲げた背筋をまっすぐに伸ばし、首肯する。


 「あの殿下も、たまにはご褒美をくださるのだ」

 「はっ……」


 それでも承服しかねる顔をする兵に対し、にっこりほほ笑むと一気に毒気が抜けたようになる――――うむ。納得いただけたようだ。何よりである。

 しっかし、私が仕事鉄人奇人変人大魔神とか、妙な話が世間に広まっているのはいただけない。

(まぁ、仕方あるまい。あの殿下、無茶苦茶だからな……)

ボヤくが、私の存在は我が国民すべてに知られていることだった。

あの目立ちまくって眩い美貌の王子の傍仕えとして、羨まれたり。嫉妬されたり。あるいは諌めるお目付け役として……、一日たりとも休まない私を、我が国民には、色んな意味で理解されているんだろう。

 複数のあだ名までつけられているし、あまりにも仕事熱心だからか城に住んでるのではと疑われている。……就寝部屋はいくつかあるものの、実際、その通りなのだから困る。ことあるごとに殿下のみならず、私自身の持つ直属の部下にさえ呼びつけられるため、城以外になぞ住んでいられないのだ。それほどまでに仕事熱心な私だが、その何よりも大事な職務を、休みだ休暇だと伝えたがために茫然と置物と化した部下へよいしょと預けてまで成し得なければならないことができたのである。

 すっと、脳内地図からはじき出された名前を呼び覚ます。


 金環国家バージル。


 かつては敵国だった隣国の、どこまでも国境線沿いに建ち並ぶ金環国家の防壁。

 あんな高い壁と戦ってきたであろう先人の苦労を偲ぶ私は現在、その直前にあるぽかっと空いた両国の緩衝地帯にて、すなわち、自国の検問を受けているというわけだ。


 「職務に励めよ」

 「は、はいっ!」


 元気な声に頷き、返された旅券を懐に仕舞い込むも私の姿形から、正体に気付いた兵士が幾人かいるようだ。背中越しからでも分かるほど、後方がざわついている……。


 「さて……」


 陽の光を浴びながらも遠のいていく自国を寂しく思いながらも、踏み固められた道を馬と連れ歩けば、我が国と比べ幾分か慎ましやかな平屋建てを目視できるようになる。かの国ご自慢のご立派な防壁を手前にしているがゆえに、余計な貧相ささえ感じさせる、それ。

 金環国バージル側の検問所である。

 私の国よりもお金をかけず、ただの置物小屋にしか見えない無耐震な建築物。

 比較にすらならないのではと、ところどころペンキがはがれ、剥き出しな外壁をそのままにしている掘っ立て小屋丸出しな金環国バージルに甚だ疑問ではあるが、思慮している合間に順番がきた。

 旅券を手渡し、単に休暇に来たと事情を説明する。ふむ、などと軽く頷く彼らの生真面目さを欠いた表情から察するに、さほど私の名前に関心を持っていないようだった。

 渡した旅券を当たり前のごとく普通に返される。


 「ようこそ、バージルへ」

 「……ありがとう」


 後方からやってきた見知らぬ隊商たちに紛れるように進み、自然な振る舞いを心がける。

 しばらくして、あぶみに足をかけ、馬に身を乗り上げて闊歩する。うなじを撫でてやると、その長い首をすり寄せてくれる愛馬の慣れた仕草に笑みが浮かぶ。

 (さて、ひと月も、かつては敵国であった金環国家バージルに滞在する

  私の噂が、どう広まるか……)

 かっぽかっぽ、と馬に身を揺られてぼんやりと考える。

 元敵国国境は何事もなく突破したが、私という存在は殿下の腹心として見られるはずだ。

 殿下は、いずれ国を頂く王太子としても世界に名を馳せているし、美貌の王子としても色んな意味で高名である。その手腕も。したがって、その側近である私が入国しているのがバレるのは当たり前である。堂々と本名でやってきたからな。いくら金環国家バージルが現在腑抜けていようとも、さすがに国家中枢がそこまで寝ぼけているとは考えにくい。たぶん。

 (でないと困るというか……)

 とはいえ、あれこれ考えても、たかだか一か月の休暇である。

どうにかなるでもない、喧嘩を売りに来たわけでもないのだ、たとえ見張られていたとしても、

 (どんと構えていればよろしい)

 そう思えば、なんとなくソワソワとした気持ちがまとまった感じがして、なんとはなしに心持ち愉快にもなり、存外にも肩の力が抜ける。

 ――――変な顔はされるだろうが、威風堂々としていれば問題なかろう。

 悪さをしに来たわけではないのだから。


 「ふぅ……」


 (……それにしても、40年、がんばって生きてきたお休みが、

  たかだが一か月とはな……)

 苦心の極みだ、などと、顔だけは秀麗な王子を脳裏に浮かべて、晴れやかな青空を仰ぎ見た。

 まるで小春日和。お天道様の光は暖かいが、金環国家側からの東風はひんやりとしている。あまりにも、何もない。何もなさすぎて、緩く持ち合わせていた馬の手綱を遊びながら、ぼうっとしてしまう。


 「戦争、また起こしていないといいが……」


 アーディ王国民特有のブラックジョークを、口の端に載せつつ、苦笑い。肩をすくめる。

 あの殿下は武力でも何でも条件さえあえば、あらゆる摩擦を生み出し、上手にいなしてしまうのである。それも、自分に有利な条件にハードランディング、あるいは、ゆっくりと根を詰めて。

 眼下には短く刈られたばかりの雑草が揺れている。

 青臭い匂いは嫌いではない。馬の歩みに身を任せ、ぼんやりと感じ入りながら踏み鳴らされた道を進んでいく……草花もささやかに咲き乱れ、この地が、穏やかな気候であることを教えてくれる。

 遠方には、家々がぽつぽつと建立して洗濯物が干され、生活が成り立つ環境であることも私の心を穏やかにさせた。牛糞の匂いもする。酪農地帯だったか。遠方に未だ足元がおぼつかぬ子牛がいるのを発見、木霊する母牛の鳴き声にほっこりとした心地になる。

 ……有名な話のひとつに、隣国の首都国家ペトラを挙げられるだろう。

詰め寄る王太子殿下の舌鋒に苦慮していたペトラ首長の困惑顔ときたら……女か男の気があれば楽だったな、なんてことを零していた殿下は恐ろしい人間性を持っている。貿易の関税を下げてしまうなんて芸当、歴代の王家の人間がしたくてもできたことではなかったというのに。アーディ王国は歴代でも類を見ない、国を想う実に良き王を戴くだろう。幼齢の頃からの護衛をしてきた私としても、殿下が褒められると鼻高々になる。

 ……最近、その折衝に当たるのに、苦痛を感じるようにはなったが。

精神的に辛いのもあるが、それ以上に、年齢が年齢だから、であろう。

命令され、修羅場に力技で入り込む、なんてことも、だんだんと切なくなってきたのだ。

 殿下がわざと閨に誑し込んだ女公爵の部屋に踏み入るとか、あるいは、わざとらしく挑発した山賊団相手に少数精鋭で大立ち回りとか……嗚呼、

 騎士とは、体力勝負なのだ。老い先は短い。

平均年齢も故郷(日本)に比べるとやはり過酷なのか寿命が短すぎるし、若者よりも動きは格段に悪くなったとしみじみ思う。この体たらくでは、二十歳になったばかりの殿下に剣の腕で負けてしまうのかもしれない。


 「私もそろそろ、還暦だしな……」


 秀麗さを武器に遊びほうけている殿下の将来へブツブツと思いを馳せながら、まずは、隣国金環国家バージルの、有名な宿場町にまでのんびりと馬を歩ませることにした。

 愛馬のいななきに混じる鳥の声に耳を傾けながら微笑む……、陽が沈む前までにたどり着くことができたのは、僥倖である。一人旅への緊張も、私の老後への悩みにあっさりとすり替わっていたが。


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