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十七話

 「それで、いくつか情報を入手したのでお伝えしようかと」

 「うむ」

 「……どうも、自称日本人は、商人の手引きで入り込みながら、

  なんらかの事情によって逃げ出したようですね」


はっとした。

手引き、だと。


 「商人?」

 「はい。 

  行商人ではないです」

 「行商人ではない、か」

 「そうです。

  商人です。自分ではありません」


 なんともいいがたい気持ちが横たわる。

間諜スパイ的ジョーク、か? 見返すと、言った本人は無表情なんだが。

 ……今日は、風が強いな。目前で控えるアイリアの部下の上着、その裏地がひらりと浮き、カラカラの草葉が揺れる音がやけに大きく聞こえる……。


 「……そうか、それは、そうだな。

  日本人と目される人物が最初に目撃されたのは、 

  社交界でのことだからな」

 「はい。その通りで、一介の行商人が出入りできるものではありません」

 「うむ……」

 「それで行商人ではないのですが……、」


 彼らのボスであるアイリアは個性が強いというよりも幼馴染みであるからこその気安さがあるが、その部下たちは皆、職務に淡々とこなすことに熱心な性質タチであるらしい。

プライベートは別らしいが、このようなスタイルで仕事をするのが基本らしく、私が出会った彼らは皆、一様に、静かで、影の中に立っているような密やかさがあった。

 ただし、さっきから言葉のさ中に行商人、をちょくちょく入れてくるあたり、ちょっとした個性を出してはひっこめているのかもしれない……、その恰好(行商人)からして冗談だったのかもしれないが、今更反応をするのも……、などとまごついているうちに、話はとんとん拍子に進む。


 「無事、保護されたはずの自称日本人ですが、

  再び逃げ出したのは確かです。

  そのため、どうやって逃げ出したかに関してですが、

  その詳細に関しては皆目見当がつかず、未だ調べている最中です。

  申し訳ございません」

 「そうか……、いや、すまんな。

  私の我儘に、君や君の上司を振り回してしまって」

 「いいえ。行商人ですから」

 「……」

 「仕事ですから」

 「すまない……」


 反応できなくて……。

リディール・レイ・サトゥーン騎士団長としては、配下の者ではないが、同じ国の人間なのだから、なんとかその思いに応えてやりたいが、残念ながら私には親父ギャグ的なレパートリーは不足していた。

 (もし、この場に副官殿がいたらな)

 気持ちよくばっさりと切り捨てたことだろう。

かの清々しい物言いっぷりを思い出してしまい、副官殿のきりりとした眼鏡が

光って見えたのを空目した。


 「何か?」

 「いや、なんでもない」


 私は目を閉じて目頭をぎゅっと押した。

 たぶん、和食におぼれてしまったために日本を思い出して、こう、感傷的になっているんだろう。

 行商人押しを言葉の端々にものすごく粘って付随させてた諜報員スパイは、私が特に質問がないことを見てとるや、


 「では」


 ひっそりと立ち去る行商人はその背中の荷物をいとも軽そうに背負い直し、少ししたらいかにも重そうな、といった足取りで寺院から出て行った。

彼らはそれなりの訓練を身に着けているがゆえに、体力がある。それなのに、ひょろひょろとした歩き方をしているのは、目くらましをするため。

 (わざとらしい仕草も、さすがは諜報員スパイ、といったところか)

 感心した。

(さすがだ……)

 我がアーディ王国にとって武力は貧弱の貧であったにすぎなかったが、リヒター殿下のおかげでかなりの勢いを持ち直した。それは、諜報活動においても同じで、情報がどれだけ大事かと私は口を酸っぱくいっていたし、殿下もしっかと理解していた。そのため、元々情報を掴む能力の高い諜報員たちはがぜんやる気を出したために、さらなる能力強化につながったのだ。もとより、我が国アーディ王国は諜報能力の高い国であった。

 (……なんというか、我が国は本当に弱かったから……、

相手の国の情報を入手することに、すごく神経使っていたんだよなあ……)

 だからこそ、ヘコヘコと、四方国家に頭を下げ続けていた。

その頭を下げるために、大昔から四方国家の権力者らの情報を入手するのに、躍起だったのだ。

 ――――四方国家とは、アーディ王国を取り囲むようにして存在している、国境沿いを接する周囲の国のことである。

四つある。だから、四方国家、とまとめて呼ぶ呼び名がいつの間にか定着していた。文献からも四方国家、の名が出てくるため、いったいいつからそういう呼び方になったのかは不明瞭である。ちなみに、隣国である金環国家バージルも四方国家の一つ。

 そのため、我がアーディ王国の諜報員スパイが、昔っから金環国家にも存在しているのである。職業を偽って親世代から住み続けている者、下手したら先祖代々、なんてのもいるため、諜報員に関してはアーディ王国、筋金入りだ。

 (諜報員スパイジョーク……奥深いな……)

 ただし、彼らの謎の生態には秘密が多く、意味不明な言動もあったりして、別部署の私はたまについていけないことがあるが。

 それでも、彼らはアーディ王国に、アーディ王国の王族に忠誠を誓っている。それは、一介の騎士が捧げるようなものとはまた別の、絆があった。

 (万が一のときは、故国のために命を捧げる覚悟。

  それは、私もそうだが、彼らもまた……)

 我が国アーディ王国が昔弱かったぶん、強みを持つために改革を行ったリヒター殿下もまた素晴らしい方だが、彼ら諜報員もまた、長年、武力の弱すぎた我がアーディ王国を長年支え続けてきた影でもある。

 (いずれ、また、会うだろうが……)

 ただ、

 (あの、妙な諜報員スパイジョークがいまいち……、

  謎かけのようだ)

 突発的に喰らうのが、玉にきず。

それが、諜報員スパイジョーク。何故だかわからないが、彼らの間で交わされるもので、きちんと突込みを入れるとすごく喜ばれるという。私は残念ながら、今まで一度たりとも、彼らを満足させたことはなかった。

 大変わかりづらく、大概において真顔でジョークを突きつけられることが多々あるため、貧弱なボキャブラリしかない私は戸惑うばかりであった。

 

 

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