十六話
護衛の騎士であれば、一人になる時など無かったに等しい。
ほぼ滞在していた城内では大抵誰かが近くにいて、常に視線を感じていた。そうして、必ず私の守る範囲に王太子殿下がいらした。
(護衛だから、いつも一緒にいたが……、よく考えると、共にいすぎたかもしれない)
赤子の頃からの付き合いなのだから、当然のごとく当たり前のように私はいたのだが、いや、無論、私以外にも護衛の騎士はいたのだが、あまりにも野郎に囲まれ過ぎているというのもいかがなものか……近すぎるのも、困りものだ。
アーディ王国の将来のためにも。末来の王太子妃のためにも。
でき婚でもいいじゃないか。しっかりしたお嬢さんと、なんてちくちく文句を申し上げていたが、考えるのは面倒になってきた。どんな人でも丸め込めるのが、殿下の良いところだ。さっさと婚活してくれ。頼む。私は隠居する。
そして、和食に囲まれる日々を送るのだ。
よし、そうしよう。殿下は大事な御身だし、輝かしき将来がある。
私の老い先短い人生じゃ、もうついていけないだろう。
騎士として踏ん張ってきた分、私の寿命はきっと短い。
どれだけお国のために、この呑気な神経をすり減らしてきたことか。
そろそろご褒美もらったっていいだろう。ひと月のお休み程度じゃ、温泉に浸かる時間が短い。あの宿場町、雰囲気は良かった。老後は湯治湯のじじいとして隠居が良い。醤油のみならず、この国では味噌も簡単に手に入る。他人が作ってくれた味噌汁の、なんと美味いことか。自分でこっそり台所で味噌料理作るにしても、レパートリーに限りがある。料理人に頼めばそりゃあ作ってくれるが、あまり手間をかけさせたくはないのだ、私は。自分のことは自分でやれ。それがモットーなのだ。あとは、私の跡継ぎも見繕えば完璧だろう。
(帰ったら、国王陛下にお伝えしようかな……)
さて。
宿泊所の出口にあたる観音扉を両手で開き、踏みしめた視界には、和を取り入れた金環国家バージル特有の、美しい木造建築があちこちで京都ばりの整列された正しさで建てられ、桜の木が、あちこちに街路樹として植えられていた。
人々も折り目正しく、余所行きの綺麗な恰好でいる。装いこそ、私の国と変わらないものだが、唯一の違いとしては、女は和のかんざしを髪飾りとして、男は腰に印籠のようなものを下げる。独特な、金環国家バージル文化のひとつである。
実に、美しい景色だ。
(奴隷国家、でさえなければ)
金環国家バージルが和食である醤油・味噌・みりんなどを日常に取り入れるのは、日本人への憧憬と、バージル建国の初代王への思慕があるに他ならない。初代王は、和食を好んだとのことから、バージル国民も忌憚なくフォークとスプーンを捨て去り、箸を持つようになったのだ。
散策すると、ところどころ設置されている、初代王の銅像。
私は、その銅像を通り抜けて、宮殿を目印に、指示された場所へ向かう。
この街にも、宿場町と同じく、醜悪な化け物の看板があちこちにあり、その美しい景観を損ねていた。
ただし、金の環が描かれた看板と違い、銅像は煌びやかで精悍な初代王のきりりとした精悍さが際立ってポーズを決めている。
「と、ここだったか……?」
待ち合わせの場所は、とある寺院のような一角である。
金環国家にとっての唯一は、バージルの王、それも初代王である。いくつか他にも祀られているが、この寺院でもその初代の王が祀られており、雨露凌げるよう屋根つきの小屋に、金色の像としてしっかり鎮座されていた。
どことなく、その造りは仏像を想起させる。花も飾ってあれば、食べ物まで置かれているあたりがそっくりそのまま。線香はないが、あったら完璧な仏の道だ。熱心な仏教徒がこの世界にやってきて、あれこれとしっかり行ってきた形が骨抜きにされて形骸化してしまい、結果こうなってしまったんだろう。
「初代王……」
だが、この初代こそが、奴隷制度のある種の発端だと私は睨んでいる。
私はなんとも過去に不思議な思いを馳せながら、初代王の顔の造りを観察する。
私はこの世界に生まれついてから、彫の深く、鼻も厚くて高い、金髪碧眼という極めてアジア的要素のない顔立ちであるが、かといって白人にしては顔の造りがコンパクト。ようは、この世界の人間独特な顔立ちである。アジアと白人のハーフ、といったほうがこの世界の人間らしい顔立ちといったほうがいいかもしれない、そういった顔の造りがメインを占めている。殿下はもはや、人外じみた端麗さでどうもなんとも言いようのない、いうなれば言葉に尽くせぬお顔立ちだから、まったくもって比較にすらならないので別格として。
翻って、この初代王は……、どっからどう拝んでもアジアンっぽい特徴を備えていた。
顔が平たい。黄金だが。
目が細いような。黄金だが。
鼻筋も、低い。黄金だが。
(もしやすると、この初代王は……、日本人か?)
そんな疑念がふつふつとわき起こる。勘でしかないものだが、こういった働きは時に、自分を救うことがある。
「騎士団長」
とっさに息を殺し、声のするほうを見やると、像を取り囲む建物の影、裏に人の気配がした。
私はさっとあたりに人がいないのを確認してから、足早に呼ばれたほうへと歩み寄る。
すると、そこに幼馴染みの部下がひとり、一塊の人影と化していたその姿を、ひっそりと立ちあがらせた。
旅装で、背中に負ぶっているものは金環国家特有の物でしっかと紐で縛りつけられており、いかにも商人らしい見栄えがする。
(なるほど、行商人に扮したという訳か)
「お呼ばれしてきました」
「そうか」
幼馴染みは、国家の忠犬ともいうべき諜報員のボスでもあるため、多数の手足を持っている。金環国家にも幾人かいるらしく、その一人を、私のためによこしてきた。