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十五話

 騎士団長と諜報員スパイの長、表と裏の業種を持つ私たちは、互いに忙しすぎた。

 数少ない幼馴染みなので仲良くしたいところなれども、あっちが休みならこっちが仕事、残業なんて当たり前の職業形態なもんでなかなか都合がつかず、あっちが立てば、こっちが立たずが常態化していた。そうか、それは仕方ない、なんて頷き合うことなんてザラ。

 息抜きと称し、ちょくちょく仕事帰りにでも会うことができるようになったのはこの頃のことだ。配下である若手の部下たちが、そこそこ一人前になってきたので、余裕が出てきたのである。それは間諜スパイ業で年末年始も忙しない幼馴染みも同様で。タイミングが完全に一致、じゃあ、という訳で酒場に入り浸るようになった。

 おっさん同士が何をするかといえば、料理を楽しむか酒を呑むぐらいだ。

賭け事をあまりしない私は、お貴族社会でもやや浮いているし、真面目一辺倒が第一な職務上の都合もあるため、下手な所への出入りはできないし、必然的に食欲を満たす食べ道楽そのものが私の楽しみになりつつあった。

 それに幼馴染スパイみも同調した。

 仕事柄、足腰が若い幼馴染みのほうがあれこれと物知りではあるが、夜遊びに関しては私はあまりそういったことをしたがらなかったため、主に私の意向に沿ってこういった、定期的な談合が出来上がったという訳だ。情報交換の場でもあり、話の流れによっては、まったくもって疲れがとれるかどうかといえばその限りではないが、その延長線において、私は日本人に関する情報を入手することができた。

 おかげで、他国である金環国家バージルに入り込むため、無理やりにでもお休みをもぎとった。

 あとは情報収集が苦手な私のために、この幼馴染スパイみへ部下をひとりつけてほしいとお願いし、出待ちしていたというのに、幼馴染み本人がやってきて度肝を抜かれた。

 つまりは、他国でも同じように、ついでいつもの癖ともいうべきか、私たちは一緒にいると大概酒を長々と飲み続けて管を巻くのが常なので、他国の酒場でも同じく入り浸るのであった。

 

 「まずは、自称日本人について」


 簡単な仕切りだけの小上がりに座り、まずは一献。

互いにぐびりとあおり、喉を軽く焼いてから情報をまとめる。


 「黒目黒髪の自称日本人、は、

  どうやら逃げ出したようね」


 夜半営業のピークともいうべき時間帯に遭遇してしまい、突発的な金切声には辟易とするものの、アルコールが入るとどこの世界でも、声が大きくなるものだ。この騒音を利用する手はなく、私たちは素知らぬ顔で内緒話を進めることができた。


 「忍び込んだ社交界ではもっぱらの噂ね。

  あの告示、そのせいで、

  金環国家の一般人にまで知れ渡ってしまった」


 看板に描かれた醜い絵は、通りすがりのしがない爺さんのみならず、私にだって衝撃的なものがあった。

 100年前、存在していた私の同郷を死に至らしめた事実を、この国の人々はまた繰り返すのだろうか。

 

 「日本人が存在している、ということを」


 私は、なんとも言いようのない沈んだ気持ちを持て余しながらも、出された酒の肴に箸をつける。きちんと面取りされた大根に箸先をつけ、割る。すると、沁み込んだ薄茶の汁気が少しだけ漏れ、小気味良いほどに綺麗に割れこんだ。


 「アイリア、もう一度思い出してほしいんだが、お前が初めに見たとき、

  その自称日本人とやらは、

  本当に黒い髪に黒目だったか?」

 「やや距離があったから遠目だったけれど……、

  そうね、黒い髪なのは確かよ」

 「そうか……」

 「背丈はコレぐらい、だったかしら?」


幼馴染スパイみは、手の平を水平にして、大体の身長をおおざっぱに示した。170センチ、程度だろうか? 


 「短髪の男の子、に見えたけれど、女の子かもしれないわ。

  あのバージルの王の前に出たとき、

  声変わりしていなかったもの」


(大学から高校生、下手したら中学生、あたり、か)

学生だと、自称日本人が自己申告していたそのあたりで、ある程度の若さが伺い知れる。


 「うーん、どうしてお城から逃げ出したのかしらねぇ。

  自分から、王族の前に出て保護を申し出たのに」


 偽物だったのかしらん、なんて唇を尖がらせるアイリア。


 「でも、それにしては死刑になっていないわねぇ。

  ということは、本物、ってことかしら?」

 「それは分からん。

  だが……」


(嫌な想像だけはしたくはないが)

 悲しいことだが、この金環国家には奴隷制度がある。

その法律に則って、この国の王は、とんでもない仕打ちを、未だ年若くって、右も左も謎ばかりな未知の異世界に戸惑っていた若者である日本人の子に、してしまったのかもしれなかった。

 もし、そうならば、到底許されることじゃない。

見ず知らずの、赤の他人。今の私は、そう称されるだろう。少なくとも、同郷(日本人)にはそう思われる。金髪碧眼の、騎士としての力を身に着けた私は、どっからどう見たってアジア的外的要素は欠片も見当たらないし、安心材料はない。ましてや、金環国家バージルからしてみれば嫌われ者の地位にある、権力者にもっとも近い人間の一人。アーディ王国の騎士団長でもある。

 この世界の人間から逃げ回っているとしたら、私の見た目で、あれこれ言ったって、信用されないかもしれなかった。でも。

 箸がぱた、と、一本、私の手から落ちたのに気付かぬうちに、心の籠った声で、するりと願ってしまっていた。所詮は、私の、希望的観測でしかないが。


 「できる限り、発見次第保護したい」


アイリアは、ぱちくりとその瞳を大きくさせて私を見つめている。

 そのことに、見返す私は逆に問い正した。


 「ん?

  なんだ、アイリア……、

  いや、アイリアで合ってる、んだよな」

 「そうよ。今のあたしはアイリア。

  ……珍しいと思ったのよ」

 「珍しい?」

 「いつも、慎重で。冷静沈着。下手なことはしない。博打だって。

  大概において、あまり自己主張しないじゃない、貴方」

 「そ、うだったか?」


 驚いた私に、そうよ、と言いつつ、アイリアは私が食べやすくほぐした、大根の煮物をひょいと脇からかっさらい、ぱくりと食べた。


 「ああっ……根野菜が」

 「茶化すわねぇ、リディ。

  本当のことを言っていないのは、貴方のほうじゃないの?」

 「……」


 (鋭い……)

 ヒヤリとした。

 さすがは諜報員スパイのボス。

私が生まれながらにしてずーっと隠し続けてきた前世(日本人)の記憶を、なんとはなしに感づいているようだ。とはいえ、それがどういったことなのかまでは、判別できていないようだったが。

 続いてもう一つ私の大根をパクリと頬張って、その蕩け具合をモゴモゴと堪能しているアイリアに、私は言葉を紡がずにいた。

 しばらく、無言が続き……、

はぁ、と。

 幼馴染みは、酒臭いため息をたっぷりとついた。


 「わかったわよ。

  聞かないわ。今は、ね」

 「……すまんな」

 「ううん。別にいいわよ。

  誰にだって、言いたくないことがあるわ。

  けどねぇ、その顔を、あの方に見せちゃ駄目よ」

 「……あの方、って……、」


 大体において、あの方といえば、私たち護衛役の騎士団長である私と、諜報員らを束ねる長の直属の上司である、王太子殿下しかいない。


 「リヒター殿下のことか?」

 「……そうよ。

  あの方、本当に、貴方のことを好いて仕方ない人よ。

  そんな、しょぼくれた、捨てられたかのような、

  哀しげな……、しょんぼりとした顔しちゃって」


 思わず、私は顎のあたりをさする。

髭がちょいと当たってチクチクとして。しかし、そうでもしないと私は動揺を抑えることができなかった。


 「そんなに……、

  私は、酷い顔をしていたか?」

 「ええ。

  あの方にとって、貴方はさしずめ、家族のようなものだから。

  貴方のことを大事にしすぎて気持ち悪いぐらいだけど……、」

 「気持ち悪……、

  う、うーん……そう、だろうか?」

 「部下や民を守る気概は人一倍で、素晴らしい方だけどね」


 私を見据えるアイリアは、なんとも物憂げでさえあった。

彼女の指先が、すっと上がる。ささくれだってない整った爪の先には、サファイアの宝石が煌めいていた。襟首に装着してある、護身の守り。アイリアは、つるりとしたその表面を撫でた。酒場の片隅で淡々と明かりを灯す、ロウソクの炎にもその輝きは反射して美しい。


 「国宝まで下げ渡すぐらいだもの。

  貴方、本当に死んでは駄目よ。

  ……殿下は、まだ二十歳なんだから。

  いつ死んでもおかしくはない、あたしたちとは違うのだから」

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