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十四話

 「どう、リディ。満足した?」

 「ああ」

 「……そう、それは良かったわ」


 あたしは胸焼けしそうよ、なんて幼馴染みたる気安さで軽口を叩く彼女、私が大いに食欲を満足させている間に、あちこちでさらなる情報収集をしてきたようだが、私だってただ何も考えずに腹を膨らませているわけではない。

 土地勘を鍛えようと、東西南北、首都内のあらゆる場所を制覇した。

当然ながら、ここ、金環国家の大公園に立ち寄ったのもその一環である。

紅葉が名物な甘味処だそうな。一日であらゆる名所を舐めるようにして見て回ったためか、糖分を身体が欲したのだ。決して小腹が空いたから、なんてことは思っていない。時期外れのため、真っ赤な絨毯が望めないのは残念だが、すがすがしい空気の中、緑の瑞々しい葉っぱを愛でるのも乙なものだ。

 和風カーペットとも呼ばれる緋毛氈ひもうせんが敷かれた横長の椅子に座り、お茶を飲んでまずは口の中を整え、串を指でつまむ。持ち上げ、上からぱくり。見た目もぷっくりとした愛らしさの三色団子の餡はとろりとして舌先に甘く、静けさに踊る風と、落ち葉の舞いは見目さえも楽しませてくれる。夕暮れの時刻、斜めに入り込む光が青い葉を透かして、はっとするほど美しい。

 隣で私の横顔をなんともいえない表情で、まじまじと見詰めてくる幼馴染みは暇そうに足をぶらつかせている。彼女もまた、諜報員スパイとして鍛え上げられた戦士ではあるので、私の体力についてこれる程度の辛抱強さがあった。


 「それにしても、リディ。

  貴方、印籠をつけていないのね」

 「印籠?」


 なんだそれは。

首を傾げていると、ほら、と、通りすがり男性の腰元を指差す。


 「あれよ、あれ」


なるほど、確かにぶら下がる小物入れがあった。

 歩くと足の動きで、ちらちらと見え隠れするその表面には、なんらかの模様が描かれていた。そういえば、見覚えがある。宿場町でも、宿の主が身に着けていたな……と、思い返した。


 「……あれって、よく見るが……」


この幼馴染スパイみは心得たもので、そういった世俗に詳しい。


 「あれは金環国家の男が必ず付ける木の小箱よ。

  身分証明にもなるの」

 「ほぅ」


当然ながら、女装のスペシャリストの腰には木造りの小物入れはぶら下げてなどいない。結い上げた髪にサンゴの簪をさし、やや着崩してはいるが着慣れた感のある彼女は、すっかり地元の人間に溶け込んでいる。

 

 「あの表面に描かれている模様が、

  苗字や所属してる家を表しているそうよ」

 「家紋、のようなものか?」

 「そうねぇ。そう言われてみると、そうとも言うわね」

 

さわさわと揺れる紅葉の、葉っぱが擦れる音を耳にしながら、納得した。

 美女に扮した幼馴染スパイみがいるからか、彼女に視線が集中し、その次に連れ立っている私へその目線が移動するのだが、大概の人はなんとも言えない表情をとることが多い。さほど自分自身の恰好が残念だなんて認識はなかったが、なるほど。

 どこの馬の骨か、知らず知らずのうちに、チェックされていたのか。


 「……道理で、やけに下半身を見られる訳だ。

  粗相でもしたのかと思ったぞ」

 「嫌だわリディ、

  ……トイレはちゃんと的を狙いなさい」

 「40代にもなると、どうも足腰が弱ってな」

 「いやぁねぇ、すっかり立ち枯れちゃって。おっさん臭いわね」

 「そういうお前こそ、歳はだいたい同じだろう。

  同じおっさんなんだから、気にするな」

 「あたしはまだまだ現役よ! 一緒にしないでちょうだい」

 「無理するな。肌艶の頑張りは認めるが」

 「……酷いわね!

  昔はあんなに素直で可愛かったのに……、

  ふわふわの金髪に、飴玉みたいなあおいお目め!

  あたしより小さくって、ぴょこぴょこぴょこぴょこ、

  小鳥みたいにあたしの後ろをついて回って、

  舌っ足らずな声してて……、

  おねしょだって知ってるわよ、ぷふっ。

  それが今じゃ体格の良い、

  ひっくーい声のおっさんだななんて信じられないわ」

 「……いやはや、そんなことを言い張るお前のほうこそ、

  小さい頃は天使みたいだ、

  美少年だとか言われ放題だったじゃないか」

 「それと糞餓鬼、悪童、子鬼、も追加ね」

 「そうだったか?

  しかし、その美少年ってのは、殿下もそうだったな」

 「さすがに、あのお方と比べられると困るわね。

  確かに小さい頃のあたしは、すごくイケてたけど!」


 幼馴染みであるこいつは、殿下の幼少も既知であった。


 「綺麗なお顔してるのは今もだけど、

  昔は昔ですさまじいお顔立ちだったわねぇ。

  赤毛は絹みたいに滑らか、青い瞳は宝石みたいで。

  生きたお人形さんみたいだったわ」


 昔を知る仲だからこそ、積る話はあれど、大体において脱線しがちだ。留まるところを知らない。ましてや女性の恰好をしていて、女にまるっと成りきっている。私は相槌を打つことに終始する。元女であるくせして、とんだ体たらくである。

 (そういえば……)

 たまに担当責任者として、守るべき殿下を思い出す。

 (今頃、何してるのかなあ)

 などと。

 (私の直属部下である副官殿や副官補佐二人には、

  殿下への対応を事細かにレクチャーしたけれども)

 あの殿下のことだ。

 一人でどこぞへとぶらついて、ただでさえ目尻の小じわが目立って嫌だと切れ気味の副官殿のお怒りを、さぞ盛大に買っていることだろう。殿下は、貴族の頭領らしく教育をきちっと身に着けなさっているから、私の部下である副官殿に対し、そう無作法なことはしないと確信はしているものの。

 昨今、老後のことまで考えるようになってしまった四十歳の私には、ここがやや天国めいたものに思えてきていた。

なんせ、自国では、こんなにまで美味しい出汁を元にした和食尽くしの料理なんて、出ることはない。鳥骨を使った出汁ばかりだ。日本の食事方法しか分からない私には謎な調理法で作られた異世界料理は不味くはないのだが、この国の魅力にすっかりとりつかれていた。記憶にある日本の味よりも、下手したら美味に感じる。

(私には、和食は高嶺の花だ)

 いくらハイカラ醤油が輸入してきたとしても、そうそうアーディ王国の料理人たちの腕につながるわけじゃない。お城の料理人はさすがに誰もが唸る美味いものしか作らないが、なかなかお醤油を使った料理を出してくれない。もちろん、流行りだからということは理解しているが、どう扱うべきか考えあぐねているらしかった。

 ……出たとしても、創作料理の延長にしかならず。私の欲する、ごく普通の和風料理ではなかった。

 それは、アーディ王国の国民たちにも同様で、各々の家庭であれこれ味付けの一助として使われていたりするらしいが、目立った成果はみられない。輸入調味料の流行としてパンにつけたりなんだりと、それでも味わう努力はしているようだが、まだまだ時間はかかるだろう。

 どこで出されたか思い出せないが、しょうゆスープは不味かったな。あれはいったい、どういった過程で生み出されたのか……。

 

 「……で、ねぇ、リディ、聞いてる?」

 「はい、はい」


 明後日の方向に思考をやっていたのがバレそうになった。

いけない、いけない。こうして、男の身になってみると、やはり女性の話ってのは、感情が伴う言葉が多いように感じる。あと、長い。どうでもいい言葉が連なっている。けれども、こうして発散しないといけないこともあるのは理解している。さすがに私だって、元は女だからな。

 ……いや、この幼馴染みは男だった。今は……男女、どちらにでも成ってしまえるからこそ、性別不明かもしれないが。


 「どうしたの、急にうつむいちゃって」

 「いや何、長年の疲れが出始めたのかと思ってな……」



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