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百十話

 次期金環王となる予定の、サダチカ・バージル・カエシナの署名が入った一筆はあるし、化け物宰相だって日本人という価値を金環国の成り立ちからして把握しているから無碍な扱いはしないと満場一致で了承したのだ、下手なことはしないはずである。特に遺品関連が懸念されるが、なよ竹集団はサトヤマさん直属の護衛であるからして彼女を守ることだけを念頭な独立系統だし、どちらかというと金環の次期国王からの信任、といった趣きが強い。

 宰相候補は手出しできないよう副官殿を通したものだ、ただ想像していた以上にアレではあったが……あのおっさんたちは武士もののふの目をしている、大丈夫だろう。きっと。

 (もし嫌になったら、アーディに来るように言っておいたし)

 力になろうとは思う。

 懐かしき名前の彼女、里山遥とは出入口で分かれる。





 白亜城の、大門手前、手狭だが整列できる程度のここでは我がアーディの騎士が隊列を組んで荷物の手渡しを敢行中である。その手伝いをしてくれている金環兵もいたが、まあ、とかくみっちりとした男衆ばかりのさ中、熱気でごった返していた。

 歩きがてら見渡せば、すでに支度を終え待ちかねている騎士らの隙間に、遠目からも分かる幼馴染みの姿が。わざと私に分かるように姿を見せたものらしい、彼は金環兵の恰好で忍んでいた。同じ同国の人のために、荷運びを。

 (まだ偵察業してたのか……)

 恐らく、まだやることがあるんだろう。

奴は口の端をゆるりと上げてだけで留め、人の群れに消えていった。

 気付けば、従卒が馬を携えて私の傍に。


 「おお」


 この鳴き声。愛馬だった。


 「あの、サトゥーン騎士団長。

  この馬を渡すようにと金環の…………あれ、いない」


 (幼馴染みの仕業か)

 宿場に預けっぱなしであった。金環城内でやることがあまりにも多く、もし何だったら出発がてら迎えに行こうと思っていたところである。抱え込んでいた荷物を足元に置き、すり寄せてきた愛馬の鼻筋を撫でてやる。

 うっすらと生えた毛が良い。それに、愛馬も嘶きでもって答えた。





 演説もかねて、簡易な天幕が張られていた。主君のための場所である。

愛馬を荷物と共に従卒にいったん預かってもらい、主の為にえんやこら。天幕自体、すぐに用意できるものなので私も手伝い、恐縮しきりの金環兵とのコミュニケーションも確保しつつ……点検している最中である。椅子も何もない、ただの天幕なのでもはや日差し避けと化していた。

 (大丈夫そうだな)

 うむ、と頷きつつ、整い始めた辺りを眺める。

穂先を飾った様々な色合いの垂らし布や、アーディ王国の国家紋章が描かれた国旗、馬車、他、綺麗に磨き上げられた鎧を纏う者もいれば、身軽な恰好でもって戦場を行き交う軽装備の弓使いなど。楽器も抱えている者もいたり、とかく、大所帯がしっかと日頃の訓練の賜物といわんばかりの、きっちりと定規でも引いたかのような距離感でもって真っ直ぐに私の方を向いている。視線はあちこちにうろついているし、隣と会話していたりと、手持無沙汰が増え始めてはいたが。

 当然のことながら、私の他にも騎士団長はいて、彼に話を聞き、ちゃんと準備は終わったのを聞き届けてから、私は殿下を迎えに行くことにした。



 


 出入口付近の待合室に、殿下はおられた。

窓辺に後姿。赤毛がまとめられ、紐のようなものに枝葉のような飾りが付着、動けばしゃらりと音が鳴った。


 「殿下、整いました。

  お出ましください」

 

 頭を下げる周囲の者たちを後ろにし、殿下は私の前を過ぎる。

私もまた跪き、頭を垂れたが。

 そして、殿下の護衛の任を引き継ぎ、居残る黄金世代の彼と目配せして白亜城を闊歩して広場に戻ろうとした、その瞬間。


 「リディ」


 振り向けば、この金環国の王位継承者たる者。

複数に護衛されているサダチカ・バージル・カエシナがいた。正装がきっちりと纏われ、耳には遺品が彩られていた。小粒な宝石が二つぶら下がっているそれ、王位を持つ彼を守るため、確かに必要不可欠なものだ。宰相候補の入れ知恵だろうと、国家の番犬の後ろにいる彼を見やれば小太りな男は軽く目礼に留め、じっと私たちの、特に私の動きを見守っていた。私もまた返礼し近寄ってくるサダチカ君の、その茶色の髪が揺れているのをなぞり見る。


 「お別レ、ダナ……」


 第一声、なんとも寂しげな声である。


 「……そうですな」


 そんな私の返答に、険しい顔をしてみせた。


 「……リディ……、オレは、ずいぶんト、

  お前に……貴殿に……、助られたナ」


 瞳にはられた、その涙の揺れ揺れと動くさまは彼の素直さの表れのようにみえる。唇噛み締め、私を見据えてくる少年。


 「……まさかオレが……、

  王位に就くようになるとハ、

  夢にも思わナかった」

 

 確かに、あのまま生き続けていれば……地獄の犬として暗躍しまくっていたら、いずれにしろのたれ死ぬことにはなっていたであろう。情の無い生き方を強要され続けたのにここまで成長するとは。本人の資質もそうだが、若いというのはいいものである。眩いものを見るような心地だ。

 

 「ご立派ですよ、バージル王」

 「……マダ王位を継いでいなイが……、」


 眉を顰めつつも、褒められて悪い気はしないのであろう、どことはなしに嬉しげである。言いたいことはいっぱいあるのだろう、だが。


 「リディ。そノ、お願いがアルんダが」

 「何でしょう」


 時間も差し迫っている。

もう行かねばなるまい。次期王の周囲がそわそわとし始めているし、


 「最後とは言わンが……、

  そノ、ナ……」


 口ごもる彼に、私はじっと待ち続けた。 

が、その。やはり……、

 (私の後ろも気になるし)

 遠まきながらもしっかりと私の挙動は見張られている。

余計なことはするなというリヒター殿下からの無言なプレッシャーがひしひしと背中に……対し、前方には小太りの男が、顎をいじりながらも愉快そうにしていた。多分、こうなることを分かっていたのであろう、口出しはしないがあからさまなほどに目が笑っている。

あるいは、鉢合せをするタイミングを見計らってきたのかもしれない。

 (絶対楽しんでるな、宰相候補殿)

 サダチカ君の護衛らも壁と一体化しつつ、まじまじと私たちを見つめているし……ギャラリーに囲まれて冷や汗をかいてるのはどうやら私だけのようだ。

 そんな四面楚歌というべき私を取り巻く環境にも関わらず、次期少年王は、必死に言葉を紡いでいた。


 「ソノ……挨拶が、欲しイ」

 「挨拶?」

 「あ、アーディではよくやってるんダろ?」

 

 いつもと調子が違うサダチカ君を見やりながら、ああ、と思い至った。

アレか。私が苦手としている……アーディ王国の習慣。慣習ともいう。金環国では基本そういった接触はしないはずである。和を取り入れた国らしく、ぺこぺことしたものが流儀だ。


 「私はあまり……、やってはいないが……」

 「そ、ソウナのか」


 見やると、ますます身を小さくしているらしい彼に、ああ、

 (そうか、教師から教わったのだな)

と気付く。頬にキスまではしなくて良いアーディの国柄なのでそこはほっとしているが、キス魔国家アーディの嫌な習慣を得意ではないだろうに外交としてまずは私に試そうということらしい。

 ――――せっかくの申し出だ、相手に恥をかかせないためにも。

 (時間も押してるし)


 「手を」


 声をかけた。

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