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百五話

 無事、式典は終わった。

晴れやかな笑みをみせる金環王子に、民は喜びに満ち満ちた。無碍な扱いをされ続けた王子だが、長い間詩人によって語られ続けた有名過ぎる悲恋話と、15歳という若年、凛とした少年からの演説に支えようという気概が国民の中にも生まれたのであろう。快晴な空のもと歓声を上げる。

 以降、金環国家バージルは国民一体となってまとまっていくことになる。





 すでに王の地位に就いたようなものだが、金環国家ならではの戴冠がまだである。そこまで見届けてやりたい気持ちもあるが、一か月近く隣国に時間を費やしてしまっている状況であった。明日にもアーディ王国に帰投せねばならん。


 「帰ル、のか」

 「そうだ」 

 「ソう、か……」

 

 肩を落とし、しょんぼりとした金環王子。

 晩餐会である。目出度い式典の夜に行われた。この開会にも国家の番犬は音頭をとらねばならなかったので、ひどく疲れた顔で玉座に腰を下ろしている。慣れていないのもあるのだろう、それに気を利かしたものか二人の護衛筋肉ダルマ君と細身君が、リヒター殿下があれこれと金環国家の重鎮らと話をしている隙を狙って私は呼びつけられた。靴音高らかに鳴らして近づけば豪華絢爛な玉座から立ち上がり、伏せていた顔に喜色の笑みをみせてくれたものの、帰国する旨を伝えると再びのしょんぼりである。

 と、彼は片手にあった酒を一気に煽り。

ふいを突かれた私は、呆気にとられた。

 (食前酒だが大丈夫か)

 いくら成人年齢が低い世界とはいえ、頬を急速に赤く染めてしまっている状態の彼を心配し、まじまじと見詰めると。

 両腕をぐっと掴まれた。酒臭い息が匂い立つ。

 

 「なあ、リディ、と。

  そう呼んでいいカ?」


 謎の気迫である。

じっと見上げ続ける茶色の瞳に映る、私の戸惑う顔が実に滑稽である。見下ろすばかりの私が気圧されている……。

 ただ、ごくりと喉を鳴らして私の様子を見守っているあたり、彼は実に、年ごろなんだろうと思い至った。年齢差のある人間関係を今まで、さほど結んでこなかったのだ、その垣根を取っ払いたいと思ったのだろう。

 

 「かまわんぞ」


 サトヤマさんも私のことをリディさん! と大声で叫び近寄ってきてはふわりと華開くようなドレスラインを見せてくれたことだし。彼女の現在はというと、色気よりも食い気らしく副官殿を大層困らせているが。


 「……そウか」


 白い歯を見せ、嬉しげにしている。年相応の微笑みをしてみせた。

 (そうか、そんなに私と仲良くしたいのか……)

 多分だが、好意的に私のことを捉えているのだろう。個人的に。

 私としても、次期国王陛下と縁があるというのは強みだ。コネも使える。

 年下に慕われるのはなんとも気恥ずかしいものだと思っていると、ここに宰相候補がつつつと飲み物片手にやってきた。


 「ほお、なんとか引き離してみせましたか」

 「……下がってロ」


 不躾にやってきた小太りの男に、次期国王は心底迷惑そうに歯ぎしりをした。


 「そうはいきません。

  あなた方は二人っきりにすると亡国一直線ですから」

 「……リディがイるノにか」

 「ほほ、呼び捨てする仲ですか。妬けますね」


 社交辞令をまるっと受け止めてしまって顔を真っ赤にしている次期国王陛下を見やりながら、本当、この調子で宰相候補にあしらわれ続くようだなと彼らの間柄を瞬時に見破った。

 さて、と咳をする宰相候補は真面目腐った顔で私に向き直る。

 

 「サトゥーン騎士団長。

  このたびは、様々な理由があったにせよ、

  我々金環国家に尽力いただき、まこと、ありがとうございます」

 「……さほど、力になってはいないような気はするが」

 「ご謙遜を。

  貴殿がおられたからこそ、

  我が国は新たな国として生まれ変わった」


 とはいえ、その過程が……。

 (隣国の王太子の側近を断頭台にかけたり、風邪引かせたりと、

  なかなかハードだったが)

 殴られたりもしたしな。あと亀甲縛り。死に装束は二度目だが、あの薄着で隣国の首都を馬に揺すられて見世物にされたのは記憶に新しい。そのような、ちょっとという割に相当な大騒動になってしまった羞恥に襲われたとはいえ、所詮、過去のことだ。

 私だって次期国王の腕を折ったりもしたのだ、人のことは言えん。

凛として着飾った正装を纏う、15歳の若者を見詰める。そして、その腕をちろりと視点を変えた。質の良い上着に包まれた二の腕。

 

 「そういえば、国宝を使ったのか?」

 「何ノことダ?」

 「私が折った腕」

 

 アあ、と金環王子は折ったはずの、すっかり健康になった腕をさすって、


 「別ニ。

  勝手ニ治っタ」


 などとのたまう。視線が逸らされる。

 (……む?)

 追及しようとしたが、宰相殿からストップがかかった。手にある飲み物がちゃぷりと波打って煌めいた。


 「さて、サトゥーン騎士団長殿。

  僕は、貴殿にお聞きしたいことがあります」

 「……ほう、何でしょう」

 「その青い宝石、遺品のことについて、です」

 

 (いきなりとんでもない所を突いてきたな……)

 私は、彼の。その次期宰相たる抜け目ないお顔立ちを眺める。

 

 「誰でも扱えるといわれる魔法具。

  勇者の持ち物だったことから遺品、と我が金環国家では呼んでいますが、

  その能力、飛び道具を防ぐだけではない。

  そうですね? サトゥーン騎士団長」


 (……まぁな)

 とはいえ、はっきりと告げて良いものやら。

私は逡巡した。私とて、この国宝には、飛び道具を防ぐ高貴な者が身に着けるようなものとしか把握していなかった。もっといえば、教えられていなかった。それなのに、私は盗聴能力があると考え始めたのは、投擲されてもいないのに自発的に輝いたから。青い瞳。殿下と同じ色彩の、あの宝玉のような目と同色の煌めく光を放ったからだ。まるで人の意志のある働き。私を監視する証明。

 私は、衿に装着してあるそれをつまむ。視線を落とすと、サファイアのみぎりはシャンデリアの灯に反射するばかりである。固い表面、蠢かすとなるほど、美しい色合いの宝石でしかないが。

  

 「日本人の血を持つ者であれば、その勇者の遺品の真価を発揮する、

  と聞いたことがあります。

  ……サトゥーン騎士団長、無言は肯定とみなしますよ?」

 

 日本人の血、と呟きながら、次期国王陛下は我らがリヒター殿下を視線で見やる。かつては後ろ暗い世界で生きてきた特務隊隊長殿、その目元はややも鋭い。


 「ナるホド、やっパりそういうコトカ」

 

 そうして、その大きな茶色の瞳を傍らにいる宰相候補へとじろりと移す。


 「……オレの腕を治したのは、いや、治させたのは、

  うちの国の人間かと思っていたガ。

  違うようだナ」

 「おや、何をおっしゃる藪から棒に」

 「すぐに腕が治るのはオカシイことダ。

  はあ……、」


 言いながら、15歳の少年はしかめっ面な顔で、しかし威厳ある王族の血のなせるものか、部下である宰相候補を見据えた。


 「オレノ腕ヲ治せルノは、遺品使いの仕業ダトは分かっていタ。

  ソレシカ方法がなイ。

  魔法デモ使わないカギリ一日で治せるモノではナイ。

  そして、それら魔法具、どこにあるのかと、

  勇者の血を引かないリディの遺品を取り上げて使ってみたガ、

  癒しのチカラは無かっタ。

  すなわち、第三者がイル」

 「ほ」


 愉悦そうに、宰相候補は口の端を上げる。


 「遺品ハ国が管理スルものダ。

  そして、ソノ能力モ把握シテイル。

  金環国家バージルが管理している遺品ハ厳重に管理されてイル。

  王の許シがなければ使われなイ。

  ……オレに、父が許しを与えルことはナイ。

  ……勇者の血ヲ引く者でもイれバ、別かもしれんガ……、

  あのとき、ハルカサトヤマは行方不明だっタ」

 「おや、これは一本とられました。

  調べたのですね」

 「当たり前ダ。

  オレの腕、昨日マデ折れテたノにいきなり治るっテ。

  オカシイにもほどがアル。

  すぐに遺品ノ仕業ダト思っタ。

  だが、ソレラシイものは周りニは無かっタ。

  誰かノチカラが働いていル」

 「なるほど、なるほど」

 「ソシテ、何故ソレを今、公表シタカ、だ」


 宰相殿は、非常に満足そうにタプタプの顎を撫でた。


 「何、騎士団長殿が知りたがっていたもので。

  お伝え差し上げた次第でございます」

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