百四話
殺すことをよしとせず、幽閉のみに留めた前王の目と同じ色を宿した彼は私の手を掴みながら立ち上がる。
その際、彼は私と背後にいる時期宰相を見比べ、次いで、ややも遠いところで他の騎士に護衛され駆け寄ってきた部下からの情報を受け取っているらしいリヒター王太子殿下を見やりながら、ぶすっとした顔つきで唇を尖らせた。
「……オレっちを守ってクレたら良かったのニ」
苦笑を深める。
金環王子だって、致命傷になるほどではないが石つぶて程度の小石が散らばっている。宰相候補はこれらによって次期国王が傷つくのを気にして突き飛ばしたのだろう。斜め掛けのマントを綺麗に払ってやると、少し機嫌は上向いたようで、口の尖がりは消えた。
「すまんな。あの時は、大きな塊が落石……、
リヒター殿下に及んでいたものだから」
「……分かってイる。
あのクソ王子、分かっていてヤッてルし」
などと、大わらわな式典会場を眺めながら、ぼやいた。
さてどうすべきかと、その瞳には不安が惑っていた。
実の所、隣国の騎士団長程度が後押しすべきかどうか悩んだが。
気合を入れたのは次期国王として教育を受けて芽吹き始めた、彼の方だったようである。国家の番犬は、瞬く私を見上げながら、
「……この騒ぎを鎮めてくル」
くつりと笑った。
「くく……、
あの時ハ、あんたの言う通りデキなかった。
だから、今度はちゃんトヤル」
はっとした。
あの時といえば、白装束の薄着で縛られたあの妙なる亀甲縛りが思い浮かぶばかりだが……なぞるようにして私は断頭台、と口にした。
「……そうか」
計画はだいぶ遅延してしまったものの、彼は演説をかましてくれるそうだ。
私は眩しいものを見るような目で、未来の国王陛下を眩しく認めた。
勿論、嬉しくて口元がにやける。
「……時期国王としての矜持を見せつけるためにも。
あの宰相候補と、隣国の王太子に、
この場を鎮める姿、みせねばならんぞ?
舐められたら駄目だ、しっかりやるんだ」
「あア」
「金環の民を見ろ。無論、すべてだ。貴殿の部下も、すべからく」
「分かっていル」
そんな我々の会話に宰相候補は、ほう、と楽しげに。
沈黙を保っていたが、話に割ってきた。
「なるほど、なるほど。
そうやって、隣の騎士団長殿は我らが金環の王子をたらしたのかね」
むっとしているらしい国家の番犬。
母の、かつての婚約者を振り向きざまに睨みつけた。
「ウルサイな」
「くく、せっかくのやる気がなくなっては大変です。
僕もお手伝いしましょう」
近寄ってきた彼の様子を注意深くみるが、先ほどの狂気のほどは潜めきっている。私の慎重な、探るような動きを小太りの男は肩を竦め、
「分かっていますよ。
大丈夫、僕はちゃんと仕事だけはします」
「ふむ」
「心配性ですね。
伊達に宰相候補に推されてはいないんですよ」
(……そうだな。この男がわざと強調した通り。
隣国の騎士がでしゃばってはならんな)
もっと言えば外患誘致である。このままでは。
案外と心配性なのはこの宰相候補なのやもしれんな、と、集まってきた宰相の手の者や、金環王子の護衛の筋肉ダルマ君と細身君も集合、あれこれと理由をつけてせき止めている状態の会場内でどういった対応をするか、物事の決め事をぱっぱと決めていくのを眺めながら、私は数歩、後ろへと下がった。
それに気づいたものか、かつては地獄の犬と呼ばれた時期王は心細げに私へと振り返る。寂しげにしているのを見るのはなんとも心惹きつけられるものだが、私はバージルの人間ではない。心を鬼にせねばならん。
口の動きだけで、エールを送った。そうして、笑みを。ささやかなものだが、彼には伝わるはずである。私の言いたいことや、気持ちを。
受け取った側の彼は、会場の端へと移動する私をぱちくりと大きな茶色の瞳を瞬かせ、ぐっと堪える表情になった。
(どこか……、泣き出しそうな顔だな)
しかし、ここが踏ん張りどころだと理解しているのだろう。
未だかつてないほど、彼は数多な人に囲まれている。
そんな彼らの期待に応えるため、金環王子は金環の国王となるための階段を踏み出した。
斜め掛けのマントを翻した、若き王子。
15歳という未だ若年といっていい年齢だが、整った顔立ちは将来を期待させるのに十分だし、大きな瞳は可愛らしいといっていい彼の幼さを際立たせてしまっているが、成長すれば相応しい男らしさに転化、世の女性を騒がせるに十分な外見は有している。
彼は気持ちを決めたものらしい。真剣な表情で騒ぎ立てる民に対し、
「静マレ」
時期国王は、静まり返った来賓におぼつかない喋りながらも、ゆっくりとした語り口で落ち着かせた。
「……我らノ先祖ハ深い愛ト憧憬ゆエに……、
国を捨テ、ギルド組織をナクシ……、
勇者ヲ王にシ縛りつけタ」
そして、ちらりと背後にあった、かつての半分になってしまった石碑を見返りつつ。身振り手振りで民の顔をひとりひとり、眺めるようにしてじっとりと見渡す。
(おっかなびっくりだが、しかし……)
なんとも堂々たる姿だった。彼の声が心地良く響く。
若武者といったらいいか。乱れた茶髪を急ピッチで整えたとは思えぬ、傷ひとつついていないその顔は女顔の、彼の母カエシナ家のものが息づいている。それでいて正装がぴったりと彼の恰好によくよく似合っているものだから、若い娘ほどほう、と。頬に手を当て、嘆息めいたものをついた。
「ソシテ、初代王ハこノ国が独リ立チすることヲ望まれてイル。
そういうこと、だろウ。時期がキたのダ。
イニシエ奴隷ノ法律ヲ使ッテデも、勇者ヲもう、捕まえナクテ良イ。
オレは、もう。
そんな心ヲ縛りつけることハしたくはない。
したくないことヲ、させてきたからこその繁栄ガあるが、
しかし……彼らは皆、苦しみ、モノ言わぬモノにナッテシマッタ」
金環王子の茶色の瞳が煌めく。
「オレの両親ノようなコトにはなって欲しくハないノダ」
息を呑む者たちが、多数。
(愛されて生まれた訳ではなかった彼だからこそ)
説得力があるのだろう。この世界にやってきた日本人にさせられてきたもののひとつに、無理やりの婚姻、心の伴わぬ生殖行為があった。
「モウ、そういったコトはヤメだ。
これ以上、罪悪感に苛まれル必要もナイ。
また、さらなる罪を重ねるつもりもナイ。
ここに、オレは宣言する。
新たなる、次代の王として。
日本人ヲ奴隷化する法律は廃棄スル。なくす。
過去の遺物ニ、遺品ニ縋るつもりはナイ。
……これからハ、国を。安寧に導く。
オレに、力を貸してほしイ。皆、幸せになるためニ。
オレのような孤児を二度と生み出さヌために。
国ヲ、変える。オレは国を変えるつもりダ。
末来ノために。これからヲ手に入れるために。
……幸せを掴むために」
何度も繰り返し内容に含めた、力を貸して欲しいというフレーズ。
両手を広げて訴える話は、彼ら国民の心を幅広く刺激したようだった。
ぱら、ぱらとした拍手が、全体に広がっていく。
(……民の心を、動かしたようだな)
私もまた心ばかりの拍手を送りたかったが、護衛の任というのもあってリヒター殿下の背後で息を潜めるしかない。式典会場の端っこにて。我々アーディ王国の者は、ただ佇んでばかりだ。
「……リディ」
「は」
「お前か?
あの犬に助言したのは」
「さて」
すっとぼける。
が、リヒター殿下にはお見通しであったらしい。
「ふ……、
歴代の独裁政権に、異色な王が誕生した。
民に声をかけて演説をする王。
金環国家バージル、建国以来、だろうな」
「は」
(本当は、あの断頭台でそれをする予定だった。
それを繰り越ししただけだ)
が、それを今更言うつもりもないし、あの処刑場ではタイミングが悪かった。
(せっかく噂を一人歩きさせたのに、肝心の民が逃げ惑うのではな)
必ずしも独裁が悪いという訳ではないが、これで一つの道は示された。その輝かしき未知なる領域に、彼ら民はなんとも新鮮な心地で迎え入れることだろう。 王に権力が集中するという構造は今の所変わりはないが、ハルカサトヤマさんもいるのだ、枝葉のようにいずれかの道を模索していくことになる。
「これで、あの宰相候補も職を辞する気を失っただろうて。
見ろ、あのギラつく目つきを」
「は」
「あんな小太りが、あの駄犬を舐めるような目で見ている。
ふっ……時間の問題だな」
「……殿下、あれはそういった意味ではないでしょう」
どちらかというと、あの宰相候補は失った恋人の形見を見守っているようなおっさんである。身の内に化け物を潜めたが。
(……リヒター殿下は色事がお好きだからそういった目で……)
話によれば、彼は毎日のように仕事をこなすことがライフワークとしてすっかり定着しているようだったから、枯れてしまったのではないかと……。
(む? 何故だか既視感あるな)
頭を捻るしかない。




