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百三話

 どうしてこんな餓鬼を助けねばならんのか。

僕は疑問に思いつつも、つい力を貸してしまう。かつてのクソ餓鬼は、その大きな瞳をさらに大きくして、きょとんとした表情をしていた。その顔、可愛かった許嫁を彷彿とさせて心をざわつかせる。

 

 「ナゼ……」


 そんなの僕が聞きたい。

聞きたいよ、可愛かったカエシナ家の娘の子。お前の母親に。

 僕を捨てたくせに。僕を守ると意地を張ってたくせに。

どうして、僕の手をとらなかったんだろう。そんなに、僕は弱いと思われていたのかな。甲斐性無しと。そりゃあ、僕は昔っから体が弱かった。いつも、彼女の後ろに隠れていたし、遊び相手は女の子だった彼女と弟分のサダチ坊やだけだった。でもそれもこれも、昔の子供の頃の話であって大人になったあの時、あの場所で。

 僕は唯一のなけなしの勇気を振り絞って、国に刃向うことを選択したのに。

 あの娘は、僕のためだと、綺麗な笑いを見せながら。ギョロ目の、気味の悪い……女好きの寵姫になったんだ。

お蔭で、僕は地位も身分も高くなったよ、あの美しい婚約者を王に差し出したと思われたからね。

 僕は。

なんて、情けないと思った。

 民衆は、吟遊詩人の奏でる歌に聞き入っている。


 そうして、娘は王に愛される。

懐に、穏やかな寝息をたてる息子を抱いて。


 違う。そんな綺麗な最期じゃなかった。眠るような最後じゃあなかった。

僕は、あの娘が死ぬ瞬間を知らなかった。いや、知らされていなかった。僕は、ただただ仕事をしていた。茫然自失のままに、与えられた外交の仕事に励んでいただけだった。だから、国に戻ることも少なかった。金環国に帰りたくも無かったし、出来うる限り、あの娘がいる金環の白亜城に居たくも無かった。

 全身さぶいぼだらけだったよ、互いに育んだ愛が汚されてしまったのだから。

僕を見る同僚の目は、まさしく女を捨てた男を見る目そのものだったし、不満が食事に向かったこともあってか暴飲暴食、ずいぶんと肥えたよ。心に傷を負ったおかげで女はもうコリゴリだったし、男にも走ることもしなかったけどね。お隣のアーディ王国の王太子みたいな男女問わずな好色には到底なりようもなかったけれど。ただでさえあまりやる気のなかった外交だった、好きなように破滅すればいいんじゃないかとさえ思っていたから、そこそこの仕事しかしなかった。またそれを美貌王子には見抜かれていたようだったけれどね。

 おかげで不平等条約をほどほどに結び、同僚らには馬鹿にされた。はっ、だったらお前らが行けばよかったのに。責任だけ押し付けやがって。負け戦でしかないのに売国と叫ぶなら、あの狂王子に求めたらいい。僕は取引材料をあの王子の身に求めたりはしない。てめぇらと一緒にするなと、どれだけ怒鳴りたかったことか。下世話な奴ら。反吐が出る。愛想笑いをするのも疲れるってもんさ。

 ささくれ立つ心のまま、僕が必ず立ち寄る場所がある。

 ただの庭だけどね。

僕が仕事をする官僚らが集められた部屋から見下ろせる庭園に、彼女の骨は埋めたよ。稀に恋人らの逢引きの場所になっている、夜は不謹慎な声で残業に厄介な、茂みの多い緑の影が多いそこ。

 小さな石が申し訳程度に載せてあって、目印にしているんだけれど、埋められたささやかながらの墓標を通るたび、彼女の最期を思う。

 毒殺され、ゆるやかに殺されたらしい可愛かったあの娘。婚約者。エメラルドの瞳の美しき娘。苦しかっただろうに。僕の。自慢だった、恋人。

 それが今じゃ、土の下だ。

 金環王は。毒に苛まれ苦しむ彼女を、かつての輝きを失い、あばら骨の浮いた醜さを疎い、すぐに興味を失ったんだってさ。あの二人の間に生まれた息子の存在も、重荷にはなっていたんだろう、儚くなったときも母に縋りつき、まるで役に立たぬ泣いてばかりだったクソ餓鬼。

 事情も知らぬまま他国へ長期滞在し、帰国後、慌てて手配したが間に合わなかった。

 さすがに宮廷医師だって、白骨化した女性を生き返らせることはできないよね。あの時の絶望たるや。僕は、本当に無機質に生きてき過ぎた。いくら耳に入れたくなかったからって、さ。これはないだろ、って思った。

 

 「運命ってやつは。本当に……」


 良い人ばかり、連れて行く。カエシナ家の当主も後を追うようにして逝ってしまった。残されたのは、曲がりなりにも王子。僕の大事だったあの娘の身体を痛めつけて生まれた子供だ、どうでも良かったから今まで放置していたけれど、金環王が面白い催し物はないかと探していたのをきっかけに、僕は良いアイディアを思いついた。

 いつまでもこの気持ちと付き合いたくも無かったから、穢れを払うつもりで、あの娘の餓鬼を、王の血を引く玩具にしようと企んだ。

 我ながら名案だと思ったんだ、なんせ、あの目の色は金環王とそっくりだったから。気味が悪い。母を返せと煩いから、暗殺者の育成に使われていた孤児院にぶち込んでおいたし。思い出したが運の尽きってやつかな、ご愁傷様!

 まぁ~孤児院でも暴れん坊だったらしいし、ま、別に死んでも良かったとは考えていた。淘汰の激しい暗殺機関だったからね、孤児院。とはいえ、あのカエシナ家のたった一人の血筋ではあったから、遠巻きながら見守られてはいたらしい。なんせ、次期宰相たる僕の肝いりと思われていたそうだったから。

 そんなつもり、なかったからね。腹立ちまぎれに、王族の断罪者、金環王の手先にして苦しめてやろうと提案したのは否めない。

 この国の根幹を揺るがすような、滅ぼしてしまうようなその一助になればいい。その程度の布石だった。幸いというべきか、好色が過ぎて金環王の子供は多数、いたからね。別にひとりぐらい、どうってことはなかった。死んでも。玩具になっても。

 不平等条約を結んだとはいえ、それを王には失敗ととられぬ覚えめでたき外交官でもあった訳だし。デブだデブだとかなり笑われて馬鹿にされてたけどね。

 別に、どうだって良かった。

あの血筋だけは立派なはずなのに、他の寵姫らに苛め抜かれ、犬のようなふりをさせられ、残飯のような餌を与えられ、惨めに生きようが。

 どうだって、良かったのに。

生まれて初めて人を殺すとき、ためらいが生じ号泣していたみっともなさ、あえて教えなかった教育を今更ながら受け直して立派な王になると、かの選帝侯たる恐ろしいリヒター王太子に宣言した姿、美しいと評判だった許嫁と同じ面差しを持っていたことの今更ながらの衝撃、ささやかな笑みさえもそっくりだった、びっくりするぐらい、この国のこと、母であるカエシナ家の絵姿を大事にしていたという報告書を僕は幾度もなぞって読んだこと。

 もう、ぐちゃぐちゃだよ。僕の頭の中は。

 暗殺者に仕立て上げるに至って、他の王子王女らが邪魔だったし。僕の玩具を王族たる権力を笠にきて取り上げようとする彼らは耄碌した金環王と違い、僕の行動を制限しようとするから露払いしておいたよ。まったく。数も多かったしちょうどよかった。経費削減!

 鬼畜、と言われるかもしれないが、そんな風な僕にも分からないことがある。

 発揮した優しさ。何故、あの日本人を助けようとしたのか。僕の許嫁と同じ目に遭いそうになったからとしかいいようがないけれど。僕は、いったいいつから、許嫁を許そうと思ったんだろうな。分からない、分からないけれど、僕はとても。

 心が、軋む。


 「痛い」


 僕は、あの狂王子の勧められた通りに、金環国を滅ぼそうとさえ考えていたよ。

 けれど。

 可愛い幼馴染みの過去、まるで残り香を纏う彼女の息子を思うと。

 そんな気もなくなってしまった。まるで溶けてしまうような。

 そんな気持ちになってしまったものだから。僕は。

 ゆるりと、その目に映る、かつての許嫁の遺産ともいうべき、子供を見詰める。そうして、この子供を守るようにして立ちはだかる二人の護衛、僕がつけた奴らだ。さらには、あの狂王子の騎士も、僕の前に立ちはだかってきた。

 綺麗に金髪を撫でつけた年齢は僕と大した変わらない、黄金時代の騎士。

柔和な表情を常とする、理想的な年齢を経た男だ。

彼女と同じ、緑の目が好ましい。


 「……大体は、我が主、

  リヒター殿下から伺っている」


 へえ、と僕は口を曲げる。


 「……まあ、なんだ。

  その狂気を、沈めろ」

  

 何が言いたいんだろうな、これ、僕の気持ちだよ。


 「壊れた人間か。

  いや、未だ正気が残るからこそ、

  か」


 そんなことより、そこでへっぴり腰の王子様、どうにかしたほうがいいんじゃないの。まあ、こんな状態でうちの金環国の王になるなんて、笑っちゃうけどね。


 「……貴殿、大丈夫か?」


 そうかな。僕はいつも、彼女のことを思って生きてきたからね。

金髪碧眼の騎士は、不思議なことに金環王子ではなく、僕に話を振ってきた。


  「……これで宰相候補、か」


 そうだね。僕がそう。嫌?


 「ずいぶんと頭が回るとは聞いている」

  

 そうだった。僕は、対外的にも、次期王を守ったことになるんだった。

なんせ、あの石が落ちた時、ちょっとした綻びがあったからね。綺麗なあの娘の顔にキズがついたら大変だった。残り香とはいえ、忍びない。

 それに引き替え、生意気なアーディの王太子がこの騎士にはてんで形無しだったのを見て思い出し笑いをした僕を、確か、リディ、だったかな。愛称は。

 彼はしかめっ面になりながらも、ご機嫌な僕の頬についた汚れを指で払いのけ、


 「……リヒター殿下は、貴殿が宰相になったほうが。

  物事は大抵上手くいくと考えていなさる。

  内政干渉になるからな、私からは特に何も言えぬが……、

  そうさな、貴殿は……、仕事をしなければ、壊れた機械になるだけだな」


 いや、獣、か。

不思議なことを呟きながら、僕よりも大概な王子の騎士は、くるりと僕に背を向け、あの這い蹲るしか脳の無い時期国王陛下の無事を確かめていた。埃のついた頭部を撫でてこそぎ取ってやってるあたり、本当に犬みたいだ。

 

 「怪我はないようだな」

 「あ、アぁ……、

  すごい機敏な動きヲして飛ばされタから……、

  驚いタが……、」


 国家の番犬、とても優秀だからね。この僕が目をかけたぐらいだもの。彼女が飼っていた犬と同じ名前、つけてやったんだよ。あとで教えてやらないとね!

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