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百二話

※暴力的な描写があります。

 筋肉の運びからしてやっこさんは本職なのが分かる。

金環の、それも王族たる王子の特殊な訓練を施した護衛を簡単にいなした腕前、並の者ではない。じり、と私の背後から知ってる気配が寄ってきた。


 「……サトゥーン騎士団長、オレが」

 「以前申し上げた通り、あなたは守られていればよろしいのです」

 「ダが……」


 金環王子は歯がゆいのだろう。

そんな会話をしている合間に奴は私の前に飛び出してきて、その小剣を振りかざしてきた。

 (おっと)

 小刻みな動きだ、点のような剣先が迫るフェンシングのような。

そういった素早さでもって、私の剣戟を軽やかに凪いで外してきた。

 火花が散る。顔面に置いた剣の面に突く、敵の切っ先。

私は柄を握りしめながらも、やにわに相好を崩す。

 (なるほどなあ)

 感心しながら、この刺客の特殊な攻撃方法を観察する。

重心を受け流すような戦い方をする。つまりは、器用、ととるべきか。

 (衝撃を凌ぐ柔軟な戦法……、

  面白い)

 とはいえ、まだまだ道半ば、といったほうがいいかもしれない。

速さを基本とした攻撃の割に剣線がトロい。私の目で追えるレベルだった。

 亡国に瀕した際に受けた死ぬかもわからない敵の死力を尽くした攻撃に比べると、どうも見劣りがする。膂力も足らん。あの時現役だった黄金世代が今回、金環国についてきた精強たる騎士団に混じっていたはずである。

 (……入り口の門番は何をしていたのやら)

 わざと、か?

 そのような疑いさえも脳裏にもたげてきた、その瞬間。

ぞわ、と。背中に悪寒が走った。遊んでる場合ではない!


 「っ、殿下!」


 私は刺客を殺すつもりで、その横に振られた剣線の隙間を縫うようにして、相手の首を狙う。掬い上げるような斬撃により手ごたえはあったが、気にも留めず。慌てて振り返った。血のりが剣について宙に滴るも、大事なあの方に何かがあっては一大事だ、リヒター殿下のご無事な姿を確かめる。赤毛の殿下は真っ直ぐに立っておられた。私が狼狽するさまを、とても嬉しげにして見守っていなさる。

 (何を呑気な……!)

 飛び込み、勢い余って抱き着き転げ回る。

と、殿下が立っておられた場所に、異変が起きた。

 

 「ほお、」

 

 殿下は感嘆の意を示した。

私の背中越しに、派手な音がした。見返すと、そこに頭の折れた石碑が落ちていた。


 「な……」


 一瞬にして場が埃臭くなったため顔を伏せるが、道理で振動が床を通じて我が身に来るわけである。にしても最悪な出来事であった。

 (せっかくの式典なのに……)

 不吉な。そう思わざるを得なかった。

もう一人の主賓、金環王子も気がかりだ。

 (距離は離れていたから大丈夫だとは思うが)

庇うようにして殿下の身体を覆っていた私は、懐におられる美貌王子から身を離そうとしたものの、

 (……なんだ?)

何故か分からぬが、殿下が離れない。背中に回された殿下の両腕が、逆に、ぐっと力をこめて引き寄せようとする。

 そのため、私の影が、横たわる殿下の秀麗な顔にかかった。二の腕を支えながらも、覗き込むようにして尋ねる。


 「……リヒター殿下?」


 私は、青い宝玉を煌めかせて見上げるばかりの殿下に。

不審を覚えた。ふふ、と綺麗に紅の唇を曲げて笑うばかりの主君に。


 「いかがなさいましたか」

 「まあ、待て。

  このまま」 

 「は」


 何か確信めいたものであったから、姿勢を維持したまま警戒を怠らず前方を見やる。

 逃げる観客らに、我らがアーディの騎士もあちこちに顔を見合わせて姿を現している。騎士らは統制込みの働きでもって、金環の人々を誘導しているようだ、その落ち着きある動きに来賓方々は冷静さを取り戻しつつあった。強そうな我らがアーディ騎士団の規律正しき動きに、惚れ惚れとしたものらしい。一応、金環の兵らも勿論いるにはいるがやや混乱めいていて、はっきりいってみっともない。経験の差が如実に表れているヒトコマだった。

 ……予想通り、これは殿下の策謀かもしれない。そんな予感をひしひしと感じとった私に気付いたらしい、懐で身じろぎする王太子殿下、尊きお方。肩を震わせて含み笑いをする。


 「……殿下?」

 「見てみろ」


 私の上腕に寄りかかりながら囁く王太子殿下に促され、顔を向けるや、目を見張る。


 「あれは……」


 金環王子の傍らに。

人影があった。番犬は珍しく膝をついている。突き飛ばされでもしたのか。その前に、男が。舞い上がる埃のさ中、威風堂々たる立ち姿であった。横幅のある、いつもの疲れ具合のあるおっさんではない、


 「……なんと」


 あの、太っちょの男だった。


 「司会の男ではないか」

 

 ぱちくりと瞬きながら、視界が開けてくるさまを目の当たりにする。

砂埃は床に落ち、殿下は私にくすくすと笑いかけながら、種明かしをした。


 「……カエシナ。

  あれが、その正体よ」

 「まさか……」

 「あれは、ずいぶんと強情な男だ。

  惚れた女が必死に守っていたというに、

  奴は……、自分から、拒絶した」

 「惚れた女……?」

 「あの駄犬の母親のことだ」


 (ということは……、あの司会は……、

  母親の元婚約者、ということに)

 とてもじゃないが、あの美しい女性と愛し合っていたようには見えん。

 (……だが、何らかの理由によって……、いや、

  人は見た目では判別できんな)

 苦労の果てに、ぞっとするような殺意をあの両目に宿らせた化け物。

その視線は、こちらにも向けられている。どうやら耳が良いらしい……。

 殿下は怖い怖いと言いながら、ますます私に密着する。


 「カエシナは、いつ死んでもよいとばかりに、

  惚れた女の息子を苛め抜いた。

  それこそ、殺しても構わないぐらいには。

  ……ただ、王族の子だからな。

  父親である前金環王を唆して暗殺者の道に貶め、

  ひん死に至らしめることまではできたが、

  それ以上はどうしても誰かのストップがかかる。

  ……あの駄犬も、なかなかの図太さがあるからな。

  それに加え、奴自身も……、

  生命力のしぶとさに根負けでもしたのか、情が湧いたものらしい。

  惚れた女に似た息子を、守るようになった」

 「……なるほど。

  それで、会得がいきました」


 (あの金環王子の速やかなる王位の移行、

  奴の兄弟たちの死、さえも……、もしやすると)

 後ろ暗い道で暗殺業を邁進する地獄の犬が運良く今まで生き延びてこられたのは、あの男、カエシナのサポートがあったから、なのだろう。

 そして、ハルカサトヤマの無事、王城脱出も。

裏に通じた官僚が手助けしたのなら、成功率はさぞ高まることだろう。大きな呉服問屋とはいえ、さすがに政府の中枢ともいうべき権力者たる王から逃がれるにしてはリスキー過ぎた。

 (あるいは、カエシナ、という名前を貸した、か?)

 細かいところまでは分からない。

だが、愛した女の家名を名乗るということは、元々入り婿として入る予定だったのかもしれん。アーディ王国ではよくある話だ、ただ、すべては、憶測。所詮、それだけでしかないが。


 「くく……、

  あれは、実に面白いほどに、愛に飢えた獣だ。

  似た者同士というやつかもしれぬが」


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