百一話
ひと悶着はあったがどうにかその場がおさまったところを見計らい、式典を開会する運びになった。汗を拭きながらの司会人は、以前、王様の代理としてやってきてボロクソに嫌味言われまくっていた例のあの人である。今回もまた重要な仕事を任されたためか緊張の面持ちでいるため、正直、過労死するんじゃないかと心配になる。父親の次には息子、金環国に活用され続けるおっさんの挙動を眺める。大きな声での発声、実に見事だ。元々、そういった職についていたことがあったのかもしれない。元は騎士だったという貴族もいるように、武勇を貴ぶ金環国の成り立ちからして軍役についていた、なんてこともありえなくもない。にしては太めな体躯だが。
(……ストレス、かな)
王族に振り回される宿命にあるらしいおっさんに、同じおっさんである私は憐れみを覚えた。
――――さて、恙なく式典は略式通りに進行している。
お偉いさんの長話はカットされ、とかく、とんとん拍子である。
来客の皆さんはご清聴のしきりだし集中しているようだ。
(金環国の王位がかかっているしな)
真面目にならざるを得ん、か。
金環国側からの催しとして、一応、剣舞が披露される。さすがにその時ばかりは色めきたち、皆、目の色変えて観戦していた。
我がアーディ王国側からの騎士ひとりと、金環国側からの特務隊の兵なんだろう、二人の打ち合わせ通りの動きは非常に楽しまれたようで、会場全体が熱気に包まれていく。
二人の王子に跪く彼らの武勇に、我らが王太子殿下と金環王子は健闘を称え。日本人少女たる彼女にも出番があり実に挙動不審ではあったが、無事、彼らに祝福を与える。彼女の身に着けているものを与えるのが一般的ではあったが、あらかじめ用意されていたハンカチを手渡し、少女が差し出した手の甲に二人の騎士が口づけを。カクカクとした動きではあったが黒髪少女からのそれに会場も拍手で大いに応え、満足のいく展開、すなわち予定通りの進行になっているのを私は心底ほっと胸を撫でおろし……気持ちを引き締める。
最後のアレがある。本日のメインイベントが。
リヒター殿下が立ち上がるや私も護衛としてついていくことになる。
やはり彼が動くとさざ波のようにため息が会場のあちこちに伝播し……、これまたいつものことなので慣れたものだ。
真珠のように光沢のある肌に、朝焼けのように明るい赤は絶妙なる美貌を引き立てる。伏せられたまつ毛、その青い瞳の煌めきを隠しきれず。美貌を振り撒きながら、殿下は石碑の真正面に立つ。
微かにざわめく後方に私は警戒を怠らずにいるや、殿下はその節くれだつ平手を石の表面に、まるで浸すようにゆっくりと五指で触れた。リヒター殿下の男にしては完成された指には国宝がある。輝くそれらも、石碑の中に。
(ほお)
なんとも不思議な光景だが、殿下の腕までもが石碑の中へ。まるで異次元に吸い込まれているかのようであった。
これにはさすがの金環国の皆さんも驚きを隠しきれず、どうなっているんだとまるで手品を目の当たりにする老夫婦のような感嘆の声を上げずにはいられなかったようで、結構な騒動であった。実際、あり得ないことだった。
(さすがは殿下)
選帝侯としての立場は血があるからこそ与えられた節がある。これも、その理由の一つなんだろう。殿下はしれっとした顔で、引き出されたその腕の先にある物を我々に見せびらかした。
それは、まさしく、昔の冊子、というべきか。
とんでもなく古臭いものだったが、明らかに和紙で作られたであろう帳面。ハルカサトヤマに手渡した日記の、あの後ろに貼り付いていたものと酷似したものが、リヒター殿下の手にあった。
そうして、手筈通り近寄り、茶色の髪をしっかとセットし王子様らしい正装を纏い斜め掛けのマントを翻してきた彼、金環王子はリヒター殿下の前に跪いた。
慰霊碑の前にて行われた、先祖に捧げるための行為である。
選帝侯たる殿下には他、貴重なる血筋もあり、そこまですべきか悩まれたそうだが、リヒター殿下はこれ以上ないほどの笑みで、あの駄犬の嫌がることをしてやろうとやっぱり入れることになった。頭を下げる彼を見ておきたかったものらしい。
確かに金環王子は少し嫌そうにはしていたが、緊張のほうが上回っているようだった。こうしてみると本当、15歳だと思う。その点、我らが王太子殿下のつまらなさそうな空気……多分、暴れることも考慮に入れていたんだろう、鼻白んでいる。表面的には取り繕っているが。片目を瞑り、私に対し、つまらん、と意思表示をしてきた。私は曖昧に笑い、そのままちゃっちゃと終わらせて下さいと願った。これ以上、この二人は一緒にさせたら面倒になりそうだったから。
私の願いは聞き遂げられたようで、リヒター殿下は床に侍る番犬を国家の番犬にすべく、見下ろした。
「これで、貴殿は時期王位継承者として。
王位を預ける証とする。
リヒター・アーディ・アーリィの名において、
始祖王勇者の血を引く最後の人間として、
貴殿を時期王位を継ぐ者と認めよう」
「……アリがたク賜ル」
金環王子は初代勇者が書き綴ったという日記を受け取るや否や、拍手喝采が巻き起こった。
ゆるりと立ち上がる金環王子も、どことなく照れているというか。頬が高揚ゆえに朱色に染まっている。
(国の王になる。
……その準備ができたということか)
君主不在のままだし、王位継承の式典はこれからまた行われる。
それは我らがいなくなってから金環国が自らやることであり、もはや関与することはない。すべきでもない。
(……これで、彼らとはしばらく会えぬか)
アーディ王国に帰れば、山ほど仕事はたまっていることだろう。
なんせ、精力的に仕事をこなすべき王太子殿下が隣国にいるのだ、まずは机の上に山脈を作っているであろう書類の分別かな、などと脳裏に描いていると、どこからか女性の悲鳴が聞こえた。
はっとした。
二人の王子方も緊張が走る。
金環王子の背後にいた護衛が、番犬を守るために前へと飛び出す。
(なんだ……!?)
人の波をかき分けるようにして、やってきた刺客。
それは、顔を隠していたが。明らかにどこぞの暗殺者だった。速やかに頭を下げ、速度を上げて走り抜けてくる動き……まさしく、人を殺すために育てられた強者である。
「くう……!」
駆け出した細身君が投擲を行うもくるりと地面すれすれで回転、いつの間にか抜いたものか、その小剣の面をきらりと光らせる。
次に、筋肉ダルマ君が躍り出るがまるで合わない。タイミングが、である。
あんなにも素早い動きをする輩に、筋肉ダルマ君の足が上手いこと事が運ばなかったのだ。バックステップに惑わされ、体当たりも斜めにかわされ後方にいなされる。横転した筋肉ダルマ君、敵に通過される。
私はリヒター殿下のすぐ手前にいて剣の柄に手を当てていた。
いつでも振り抜けるように。
「リディ」
「は」
「……俺のことはいい」
後ろからの命令に、私は無言で応えた。
(そういう訳にもいかんだろうに)
リヒター殿下は強い。だが、その御身は我がアーディにとって唯一無二のもの。決して、損なわれてはならぬ。
にしては、と私は胸の内でぼやきながら、
(黄金世代がいたというのに)
この会場の入り口で門番をしていたはずの彼らを潜り抜けられるとは、不思議なこともあるものだと敵愾心剥きだしの奴の息の根を止めるために、さらなる一歩を踏みしめた。




