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一話

※ニアホモ狙い/(可愛い)生き物タグ狙い/異世界転生ものです。

不愉快な描写があるやもしれません。ご留意のほどを。

 久方ぶりに、幼馴染みが帰ってきたので、さて、飲みに行こうという話になった。


「ここが異世界?」

「そうよ」


 間者スパイとして他国に入り込み、無事に帰国したばかりである。

 疲れているはずである。だのに、さっそくながらといわんばかりに明け方に至るまでガブガブと酒を飲み干せる体力がある。若いというのは、それだけで良いことだ。ましてやすこぶる顔が良く、頭の回転も速い。危機意識も高いとくれば、どこの職場でもひっぱりだこな仕事スパイ人間である。今回もまた、華やかな場に姿を現し、情報をかき集めるだけ集めてきたようだ。肴も進む。お酒も、無論。幼馴染みは素の顔をみせてもなお、会話能力が高く人を楽しませることに長けていた。

 然るに、他国の露骨な話や、猥雑なものが多々入り乱れるが、その中で、唐突にとんでもない情報をもたらしてくれた。酒の肴にと、とっておきを教えてくれたのだろう。

 度肝を抜かれた私の顔を見て、からからと笑い出す。


「なんでも、日本っていう国に生まれたんだ、ってさ」


 私は、幼馴染みのコップに、今にも震えだしそうな指先を意識的に抑えながら酒を注ぎ足した。ありがとよ、と、ゆっくりと嚥下する幼馴染みに、問いを重ねていく。


 「それで、その日本っていう国の、学生だから、

  さほどのことは貢献できないけれど、って言ってな……」


どきり、とした。


 「ホラを吹いているようには、見えなかったが……、

  王族相手に、わざわざ詐欺師でござい、

  なんていう馬鹿がいるはずもない。

  王族を欺くのは死刑だからな。

  嘘くさかったが、あの人畜無害っぷり、

  平和な国にいたってことそれ自体、ウソではなさそうだ」


 私は、腰に佩いてある剣に、そっと触れる。

 飾りけも何もない、武骨な大剣。過去に幾度も血のりを浴びたそれは、私を裏切らないでいる。

 煌びやかな宮殿でも、焼尽千夜の紛争でも私を助けてくれた……。


 「休暇を?」

 「はい、殿下」


 私は早速、護衛対象にして直属の上司でもある、王子殿下に暇を申し出た。


 「珍しいな……」


 殿下は、胡乱うろんげに私を見据えてきた。

そりゃそうだろう。私はこの王宮に出入りするようになって風邪を引く以外に休むなんてこと、一度たりともしなかった。ましてや、休暇、などと。鉄の騎士、なんて陰口を叩かれるぐらいだ、少しはサボったほうが良かったな、なんて今更ながらに己の振る舞いに後悔する。

 殿下の執務室へ向かう道すがらの会話で始まったことだが、立ち止まる殿下の足にいささかの不安を覚えた。ここ回廊では、人通りがある。いくら奥まった場所とはいえ、万が一があってはならぬとさりげなく周囲に気を配っていると、


 「かまわないが……、まさか、恋人ができたとかいうんじゃないだろうな」


 お前みたいな武骨な奴が、と言わんばかりのすげない殿下の言いように、私はこみ上げてきた溜飲を下げるために上申する。


 「まさか。

  私のことより、殿下です。

  殿下より先に恋人ができるはずもありません。

  ……御母堂であられる王妃様が、

  独り身を貫く殿下に相応しい方がいないかと苦悩なされております。

  殿下、子孫を残すのは王太子であられる王族としての義務……」

 「げふん、ごふん」


 殿下はすぐに咳払いをし、私の言葉をうやむやにした。

 互いに痛い腹をつかれたくはないようだ。

とはいえ、いずれは王となられる王太子の殿下には研鑽を積んだ花嫁候補の令嬢方がそこかしこで声を上げているというのに……と、不満を抱かずにはいられない。

 見目の良い殿下の横顔を、視線でなぞった。


 「わかった。

  少しぐらい、お前にも休暇があったほうがいいやもしれんな。

  で、どれくらいの休みが欲しいんだ」

 「一か月は」

 「ひ、ひと月、だと!?」


 目を白黒させ、驚愕している王子。


 「仕事馬鹿のリディが……ひと月も……!」

 「殿下、何もそこまで驚かれなくても……」

 「仰天せずにおられんわ!」


それから、面倒なやり取りが始まってしまった。

 私がこの我儘放題の殿下に振り回されてきて、早20年は経つ。

このキラキラしい王子様を生まれた赤子時からの護衛となり王太子になられてからも、不器用ながらも殿下のため、日々精進、努力し続けてきた。少しぐらい私の望みを何も言わずに聞いてくれたっていいのに……と遠い目をせずにはいられない。


 「休む理由ワケを教えてくれたっていいだろう!」

 「ただ単に休みたいだけですよ」

 「嘘を申すな!」


ぎゃんぎゃんとがなり立ててくる王太子とすっかりやつれ果ててしまった私のやり取りを、遠巻きながらも見つめてくる宰相と国王陛下。近くにいるならせめて話逸らしに姿を現してくださっても……駄目? あぁ、無理っぽいですか。目線で訴えるも、無碍なく頭を横に振られてしまった。はあ。心中でこっそりとため息を零す。

 とにもかくにも、この王子様の嵐のような発言のさまに耐えねばならない。姿勢を正した。

 回廊では、王太子の、40歳のおっさんを叱りつける声が響いている……。


 「ねぇ、聞ききまして?」

 「ええ、聞きましたわ。噂の騎士団長様が……」

 「鋼の……」

 「サトゥーン騎士団長殿が、お暇をとられるとか」

 「え、ウソでしょ、あの鬼の仕事魔人、骨太の騎士団長が、

  仕事やめさせられるって」

 「殿下の腹心中の腹心が? 解雇? まさか!」

 「けど、王太子のお目付け役がいなくなるなんて、この国、やばくね?」

 「あの王子、騎士団長殿がいないと大人しくしないし」

 「え? また戦争?」

 「うわあ、この国おしまいだー!」


 なんだかよくわからない噂になっていた。

 宮中にまでそのくだらない噂に尾ひれがついてしまい、おかげで私の休暇が伸びてしまった。

 殿下は、それみたことか、とばかりに張り切って仕事を増やしてくるし……、腹が立つので、さっさと仕事を終わらせようと残業もいつもより二割増しこなし、見事、あの厄介な王太子殿下から休暇をもぎとってやった。悔しそうに歯ぎしりをする殿下に一矢、報いてやったのだ。

 無論殿下の父である国王陛下からのお墨付きをもらい、殿下の勅命を使えないように根回ししておいた。ざまぁである。

 ――――翌日、出立に相応しい、爽やかな朝であった。

主都内某所、馬鹿でかいサトゥーン伯爵家のお屋敷を後にして、隣国へと足を延ばす算段はつけた。

 後頭部に髪を撫でつけ、旅装束に身を包み、馬にまたがり……、ゆったりとした道程を進む。

ふらふらと飛びたつ蝶々が目の前を過ぎて私の心を和ませ、道端に生える花畑の色彩にはひとときの安らぎを感じた。風は心地よく、頬を撫でる。

ちょうど活動しやすい気温だ、旅装にも不備はない。

 牧歌的な景色を楽しみながら、呟く。


 「……初めてかもしれんな」


 一人旅なんて、この世界に生まれて初めてかもしれない。

遠征なら、いくらでもしてきたが……。


 「ぼっちなんて……なかったしなあ」


 どうしよう。

 ちょっと、ドキドキしてきた。

 この胸の高鳴り。

 女だった頃の、自信のない自分を思い出すようで苦笑いをしてしまう。

 ……そう。

 私は、かつて地球という、日本国にて女の人生を歩んできたはずの、現在、騎士団長を務めている男だ。



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