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次に向かったのは、主治医の高橋先生のところだった。例の日には失礼をしてしまったので、一度ご挨拶だけでもと思っていたのだ。
ナースステーションでおなじみの看護師さんにお願いすると、内線で先生がどこにいるかを確認してくれた。
「お会いするって。地下の食堂でご飯食べてるみたいだから、おじゃましてきて」
「いいんですか?」
もう夕方なのにお昼ご飯なのかということと、休憩中にお邪魔していいのかと。
「いいわよ。多美ちゃんなら」
お礼を言って多美はエレベータで一階まで下りる。地下へ行くエレベータは台数が限られているので、多美は一階から階段を使う方が多かった。
地下にある食堂「らすかる」には人もほとんどいなかった。だから部屋の中央に、でんと場所をとっている白衣姿はすぐに見つかった。
「先生」
「あ、多美ちゃんお久しぶり。ごめんね、食事中に」
「いえ。こちらこそお邪魔します。……こんなにお昼、遅いんですか」
「ちょっとねー、外来が立て込んでて予定が押し押し」
高橋先生は実加の主治医でもあった人だ。温和で優しく、ちょっとおっちょこちょいでくだけてつきあいやすい。けれど優秀な内科医であり、微妙な体調管理に定評があるため、重病患者はまず担当で、それから外科からオペ前後の、管理が難しい患者の案件をひっきりなしに投げられては奔走し、さらに遠方からも先生を頼って患者が来ている状況。
「先生でも外来、出られてるんですか?!」
ちょっと驚いた。
「さすがに初診外来は週一だけにさせてもらってるよー。後は再診の外来」
この病院では初診で見た先生がそのまま担当になる、というあまり一般には知られていないルールがある。そもそも全国屈指の大学医学部の付属病院、つまり高次医療機関のため、専門の特定の先生にあてて紹介状があるのが当然の環境なのだが、最近はそういうのをすっとばして初診から外来にもぐりこむ患者が多くて困っている現状がある。その初診外来に出る。この高橋先生が。
「……信じられない……」
「そうはいっても医局の方針だからねぇ」
そんなことをするくらいなら、もっと休ませてあげてと思うのは、担当患者およびその家族全員の願いだ。もうとにかくこの先生はいつでも病院にいて、何かあったらすぐに現れるので、先生がいるから安心、を通り越して、先生の方が発作を起こして倒れるのではと話題になるほどだった。
「先生の方が倒れちゃいますよ」
「それ、よく言われる」
あと、だから結婚できないのよも言われるから言わないでね、と先に釘を刺された。
先生は親子丼に大量の野菜サラダをもりもりと食べている。普通親子丼セットにサラダなんてついてないから、おそらく食堂のおばちゃんからのサービスなのだろう。患者に呼ばれたら行かなくちゃだから、もう何年も麺類食べてないなぁと当たり前のように言う。
「これ、よかったらどうぞ。甘いもの、お好きでしたよね」
「おお、ケーキ。ありがとう。いただきます!」
「あれ、すぐ受け取るんですね」
「患者とそのご家族でなければ、素直にいただきますよ」
入院や手術時の心づけは一切禁止されていて、ナースステーションにも大きく張り紙がしてある。多美はもう「除外」されてしまったのだ。そのことが悪いことではないはずなのに、また何か寂しくなった。
とりあえずもうひとつのお土産も渡し終わったので、あとは謝るだけかと多美が思った時に、高橋先生がおもむろに言い出した。
「今日来たのは梓くんのドナーの件?」
「……はい。あの日は取り乱して、すみませんでした」
ううん、いいよいいよ。よくあることだし。高橋先生は赤だしの味噌汁をぐぐっと飲み干して、あっさりと許した。
「言っとくけど、梓くんの遺書は誰も預かってないからね」
「え?」
「なんだ、その件が本題なんじゃないの?」
先生はさも意外そうに多美を見つめる。
「梓くんが言ってたからさ。多美ちゃんが自分の遺書を探すかもしれないって」




