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「……亜季、私ね、実はあんまり悲しいっていう感じじゃないの」
「だからそれは」
「悔しいの。梓に何にも出来なかった自分が、本当に、悔しくて……」
何をしようともしなかった。ただ見ていただけの自分に後悔する。近いうちに失うと分かっていながら、どうして私は何もできなかったんだろう。悲しいよりもきっと、そればかりを考えている。
「……ちゃんとしてたじゃない」
「え?」
亜季はきっぱりと言い切った。「ちゃんとしてたよ。だってずっと側にいたでしょう? 毎日放課後病院に通ってさ。普通に梓さんのところ、行ってたじゃない」
――そばにいて。
かすれかすれの声で、彼が言ったわがまま。本当にあれだけでよかったの? いつの間にか約束も遺書も関係なく、多美がずっと梓の側にいたかっただけなのに。
「私たちは見てた。いつ亡くなるか分からない人のために毎日病院行くのが、どれだけしんどくて大変なことなのか。妹に頼まれたからだけでできることじゃないよ。梓さんのためだから出来たんだよ。多美は悔しいって何度も言うけど、本気でやってないと悔しいなんて絶対に思えないんだよ。だから多美は頑張った。頑張ってたよ」
亜季にそんな風に言い切られると、迷いがなくなる。彼女がそう言うのなら、きっとそうなんだろうと思えてくる。亜季はそんなところで嘘はつかないし、間違っていることを押し通すことは絶対にできない人だ。
「そうかな……?」
「そうだよ」
「……ごめん」
亜季はいつか言われた言葉を繰り返した。「ごめんじゃない。どうせ言うならありがとう」
「……ありがとう」
亜季はよし、と小さく頷いた。すると、多美が少し落ち着いたタイミングで、手元に押し付けられた大当たり牛カルビのおにぎりが、横からすいっと奪われた。
獲っていった唯は、何も気にせずにそれを大きくほおばった。
「ああああああああっ!! 古沢ぁっ 私の牛カルビぃぃっ」
「いいじゃん、門倉いらないんだろ?」
「そーれーはー、たーみーに、あーげーたーのー!」
「多美、押し付けられて困ってたし」
「それはあんたが決めることじゃないっ!」
奪い返そうとする亜季を、唯はよっと身軽に避け、もう一口いっている。怒った亜季が立ち上がり、仁王立ちして、唯を見下ろした。
「返せ」
「やだ。美味しいし、これ」
やいのやいの繰り広げられる二人のみみっちい争いに、多美は思わず笑ってしまった。その笑顔を見て、三人がやっと安心したように笑い返した。みんなみんな多美を心配してくれていたのだ。
あっちゃんは左から二つ目のおにぎりを亜季に差し出した。
「多分、これも牛カルビ。今日はみんなで食べられるように、ちゃーんと人数分作ってきたんだよ」
そう言ってにこっと笑った。
「多美ちゃんに食べてもらいたいって思ったのは私も同じだったから」




