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君に告ぐ  作者: ミズハラハヅミ
第一部 あたらしい日々
7/79

 妹に先に逝かれた時、梓は意外としっかりしていて、周囲の人たちを驚かせた。後を追うんじゃないかと心配させたが、梓は笑って言ったらしい。

 そんなに急いでもたいして変わらないよ。

 それでまた周囲はまた口をつぐんでしまった。以来、梓はわずかな余生を静かに過ごしている。時々、実加ちゃんに土産話の一つでも作っていかないとね、とまで言っているあたりはアクティブだけれども、根底にとても深い絶望があった。そのことだけには、とうに気がついていた。

 葬式には出られなかった梓は、妹の好きだった花を山のように贈ってくれて、その花を棺にいっぱいに敷き詰めて見送った。

 多美には実加との約束があった。だからその花のお礼をしなきゃと言い訳をしながら、初七日の日に初めて梓の病室へ向かった。

「こんにちは」

 どう言っていいのか分からずそう挨拶すると、ベッドで身体を起こして本を読んでいた梓は、多美を見て少しだけ考えてから、微笑んで、言った。

「実加ちゃんの、お姉さん」

「多美です。……梶原多美」

「多美ちゃん。――うん、そうだった。実加ちゃんより呼びやすそうな名前だね」

 今日はどうしたの? と梓は傍のパイプ椅子を勧めてくれた。私はありがたく言葉に甘えて腰をおろした。

「妹のお花のお礼に。これ、お香典返し。きれいなお花をどうもありがとう」

 梓はとてもつまらなさそうに、お茶の入った薄い箱を受け取った。

「ご丁寧に、どうも」

「あと、実加の形見分けで、ぜひ樫井さんにも何かって話が出てまして。何か必要なものとか欲しいものとかあるんだったら」

 梓はちょっと考える振りをした。フリだというのはすぐに分かった。

「……もう何か約束してたものとかあるの?」

「いえ、実はもういただいているので、特に」

 これ、見たことない? 梓は今まで読んでいた本を多美に差し出した。お手製のブックカバーはキレイな和紙製。これは京都に修学旅行に行った多美が買ってきたものを使って、手先が器用な実加が作ったお手製のものなので、すぐにわかった。

「この本を貸してもらってて。このままいただいてしまったから、それで」

 なるほどと思ったので、多美はそうですかとしか言うことができなかった。

「本当は――」

 梓はそう言って多美を真っ直ぐに見つめた。多美はそのまっすぐさにびくりとする。そして梓の視線が、何かを微妙に問いかけているのに気づいた。

まさか。

 多美はおそるおそる梓に問いかけた。

「まさか、遺書のこと、……知ってるの?」

 梓はそこでちょっとだけ不思議な微笑みを返した。知っているとも知らなかったとも言わなかった。

「だから今日来てくれたんじゃないの?」

「実加から何か」

「ううん。ただ実加ちゃんがよく言ってたんだ。私は梓に見取ってもらえる。だから梓にも一人でいかせないようにしてあげるって。……遺書にはなんて?」

 多美は静かに首を振った。内容は言えなかった。けれど梓はそれさえも分かっている様子で薄く笑う。

「あなたを見たときにすぐに分かったよ。この人が実加ちゃんの言っていた人だって」

「どうして?」

「実加ちゃんのことだから、めったな人に俺のことなんて言付けないよ」

「でも」

「実加ちゃんはお姉さんのこと、好きだったからね」

 多美は実加と仲がよいという印象がない。自分は健常者で、いつも妹はそんな多美を羨んでいたことを知っている。いつから実加とぶつかることがなくなったのだろうか。でもとても幼い頃に、多美は両親や自分の生活がすべて実加優先に回ること、そして実加の方は自分の身体や命のこと、姉がまったく健康である事実を飲み込まざるを得なかった。会っていても常にお互いを意識していたし、緊張感があった。

 だから、赤の他人である梓にそう言われるとは、思ってもみなかった。

 梓はそんな多美を見て、そんな顔しないで、と笑った。

「本当だよ。実加ちゃんがよくお姉さんの話を、さも自分の話のように話してくれたよ。あんな風に話をする人のこと、嫌いなわけないよ。お姉さんが実加ちゃんの憧れだった」

 もう先のないということで繋がっていた、妹の恋人。

 梓は確かに多美の知らない実加を知っているのだ。

 黙り込んでしまった多美に、優しく梓はこう言った。

「ねぇ、多美って呼んでもいい?」

 梓はやせぎすで、不健康そうな顔色で、背も低くてとてももてそうではないひ弱な外見をしているくせに、声だけはうっとりするほどよかった。低すぎもせず高すぎもしないが、心にさらりとしみこむ素敵な声をしていた。

 その声で、静かに彼は多美を名前で呼び、そして問いかけた。とても真剣に。

「本当に俺、多美に側にいてもらっても、いいのかな?」




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