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高橋先生は両親を前にしてこう前置きをした。
『僕からお話させていただく理由というのは、梓くん本人から話すのは、あまりに照れくさいからだということだけで、そう大した理由はないことだけ、ご理解ください』
「照れくさい?」
お母さんは、とても複雑そうな顔をした。
「多美ちゃんにはここで謝らないといけないのかしら。実はね、その時に多美ちゃんのお母さんがどうなってしまったこととか、お家のことを聞いたの」
「それって……」
「ちょっと精神的にまいられていらっしゃるっていうこととか、後、多美ちゃんもお父さんもお母さんも、未だに実加ちゃんの死を引きずって苦しんでいるっていうお話。お葬式でお会いした時、そうは感じなかったんだけど、お母さん、大分よくなられたの?」
「はい。今は大分。もう薬も飲んでないですし」
普通に家事をする程度にまで戻ってきている。
「そう。それでね、梓は考えたそうなの。自分が両親に出来ることは何か。何か出来ることはないか。必死で考えたって」
それは多美も聞いていた。
「私、その話は聞いたことがあります。うちがおかしいのを、話してなかったんですけど、梓、気付いてて、……すごく気にしてたから」
「そう……。最初はね、あの子が一番移植を待っている人のことを分かっているからだと思ったのよ。私だってもし梓に心臓がいただけるなら、すべてを投げ出してもよかった。けれど、梓はそうじゃなくて、私たちのためにそうしたいんだというのよ」
「私たちのため?」
「そう、自分の一部分でもいいから、他人の元であっても生き続けていると思えることが、私たちの希望にならないかって」
ある日街を歩く。大勢の人たちが行きかう交差点ですれ違う人の中に、梓の目をもって普通に生活している人がいる。それは幻想かもしれない。けれどもし本当にそうだったとして、梓の目がまた私たちを見ていて、そして梓が見られなかった景色を、人生の続きを見ているかもしれないという可能性があるということが、私たちを救ってくれないか。
どこかで息子の一部が今も生きている。二度と会うことはないとしても。
梓は本当にご両親の後のことを心配していた。それはよく知っている。
「そんなことしても意味がないし、母さんが嫌だって思えば、カードは破棄していいって、先生にお願いしたみたい。私も主人もそれを聞いた時に、なんだかもう何も言えなくなってしまって。あの子に心配されてどうするのよって思ったりもして。それで後で相談して、二人でサインをして梓にカードを返したわ。あの子、ただありがとうって、それだけ。……本当にいつもあの子は、こっちの驚くことばかりするんだから」
ゆっくりと紅茶の冷めていくスピードで、お母さんの語る長い話が、多美の中に届いていく。ちゃんと梓は目の前に起こることに、一つ一つその時の精一杯で答えを出してきた。実加と心中した時のような投げやりさは感じない。元々がそういう誠実で賢い人だったのだと、今では多美もよく知っている。
「だから多美ちゃんにもこのことは話しておこうと思って」
「……はい」
「多美ちゃんも、これからは街中で、もしかしたら梓の目と出会ってるかもって思っちゃうかもしれないわね」
梓のそのささいな思いつきを、お母さんは楽しそうに受け止めていた。辛いこととか悔しいこととかを全部飲み込んで、そうしようと決めた人の覚悟も見えた。
「そうですね。……会えたら、いいなと思います」
「会ったと思った時は、どうかよろしく伝えてね」
そんなこと分かるわけがないからこその軽口を、多美は笑顔で受け止めた。
「もちろんです」




