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次の日には学校に戻って、もう何もなかったように普通の毎日が始まっていた。教室の隅で伊東くんが、サッカー部のクラスメイト数人となにやら大声で話している。楽しそうに秋休みの計画。伊東くんは昨日散々泣いていたことを少しも見せずに、何もなかったかのように振舞う。それは多美の方も同じだった。
普通に授業を受け、亜季たちと話し、お昼ご飯を食べて、みんなを部活に見送る。いつもなら、梓に会いに行っていた時間だけが、ぽっかりと空いていた。
なんとなく帰りたくなくて、学校をふらふら歩いていたら、屋上まで来ていた。学校は教室棟、管理棟、特別教室棟のコの字になっていて、真ん中の管理棟だけ三階までしかない。こちらの屋上だけは普通に出入りができるようになっている。普通の校舎よりも低い屋上は、それでも空の高さがよくわかる。
――多美が思ってるほど、人の命は重たくないよ。
梓の言ったとおりだった。人がひとり死んでも、世界は何も変わらなかった。
二メートルはある網フェンス越しに、遠くの空を眺める。気がつくとぼんやり空を見上げている。授業中の教室の窓から。通学のバスの中から。歩いている道の途中で。けれどどの空も、あの日のように美しい花が降ることはない。
これからどうしていけばいいのか分からない。実加の時と違って、新しい生活も、使命もない。何もかもがそのままそっくり残されていて、ただ梓だけがいない。
何も考えずにフェンスに手をかける。
ここを登って一瞬で降りれば、全部が全部終わって、それで世界は何も変わらないまま回り続ける。ああそうか、
飛び降りなくちゃ。
何の違和感もなくそう思った。そのまま、ぎゅっとフェンスを握って脚をかけようとした時に、梓の声がした。
――もし多美が死んだら、俺は泣くよ。
「え?」
びっくりして、思わずフェンスから飛びのいた。突然、他に屋上にいる人の声や、ざわめく周囲の音が一気に戻ってきた。
今、私、何をしようとした?
自分で自分のしようとしたことに驚いた。ダメだ。とっさにそう思った。とにかく落ち着け。まず座ろう。そして深呼吸だ。古沢さんが言ってくれた三回。
よろめきながら、屋上の中央にある据え置きのベンチの一つに座って、深く息を吸うと、少し落ち着いた。あぶなかった。びっくりするほど違和感がなかった。自殺したいなんて思ったことなかったのに、魔がさすってああいうことを言うんだろうか。怖くなった。そう思うなり今更両手が震えた。
けれど、そんな危うい多美を止めたのは、梓だった。
梓の言葉が、鮮明に飛び出してきた。とっさに梓に泣かれるのは嫌だと思った。だから駄目だと。すぐ我に返り、踏み止まった。




