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「ねーぇ、多美、来月の頭、お誕生日だよね?」
亜季がリーダーの教科書に、多美が下調べしておいた単語の意味を写しながら、さらっと聞いてきた。
「うん。でも、言ったっけ?」
「メアドの数字が誕生日っぽかった」
ご名答。多美はそういやそうだったと指摘されて気付いた。
「ナイショで何か考えるのもいいかなって思ったんだけど、今の多美ちゃん、時間にいろいろ制限もあるから、最初から聞いちゃう方が迷惑かからないかと思ってね」
亜季の様子を呆れて見ていたあっちゃんがそう補足した。予習はいつも完璧な古沢さんは、自席で一人優雅に読書をしている。
「なにか、欲しいものとか、やってほしいこととかリクエストある?」
「えー」
突然そんなこと聞かれてもとっさには答えられない。
「気持ちだけで嬉しいよ?」
「ねえ、答えたくなかったら答えなくてもいいけど、今までどんな風にお祝いしてもらってたの?」
あっちゃんの質問に、多美は思わず言葉につまった。教科書から目も上げず亜季がたたみかける。
「やっぱり、何もしてこなかった?」
「――」
「そうなんだねぇ……唯ちゃんの予想通り」
あっちゃんと亜季が揃ってため息をついた。
「一応、プレゼントでおもちゃとか、なんかそういうものは買ってもらえたけど」
「ケーキとかごちそうを囲んでお祝いしてっていうのはないんだ?」
それはまったくなかった。基本、三人揃う現場は、実加の病室が一番多かった。
「じゃ、やっぱりその路線にしたいね。またおうちお邪魔してもいい?」
「お母さんのお加減がよかったらだけど。もちろん誕生日当日とかじゃなくて、どっかの週末とかで」
「スケジュールあけて」
にっこりと微笑みながら要求されて、多美は苦笑しつつも了解した。
「了解しました。……親に相談するから、返事は後でするね」
誕生日かぁ。そういえば、みんなの誕生日っていつなんだろう? 多美はそれに気付いて、慌てて確認する。
「みんなの誕生日は。まさかもう過ぎちゃった?」
「ううん、実はみーんな、早生まれだから。多美が一番年寄りだよ」
亜季が意地悪く笑って、動かしていたシャーペンを置いた。「出来た。ありがと」
返してもらった教科書をなんとなく手でもてあそびながら、多美は自分の誕生日の記憶をたどる。お祝いというのは記憶にない。逆に実加の誕生日は大袈裟なくらいに派手に病室でやっていたけれど、多美のはまったくなかった。
ただ、誕生日には毎年必ず、実加からもプレゼントをもらった。折り紙だったり、手紙だったり、大したものではないけれど、実加なりによく考えられて贈られたものは、多美の机の引き出しの一角にまとめて保存してある。
そんなだから、自分のお祝いをしてほしいなんて、わがままが言えなかったのかな。
「例の妹の彼氏さんは、お誕生日のこと、知らないの?」
「梓さん、だっけ?」
「梓は知ってるけど……うーん、何か企んでるみたいなんだよね」
――何かしてあげられるといいんだけど。あの夢みたいに、キレイなものがいいんだけどな。
そう言っていた梓から、奇妙なリクエストを受け取ったのは昨日のことだ。
「何を?」
「さぁ? でも誕生日当日、正午に病院に来るようにって。しかも時間厳守だって何度も念を押されたし。なんなんだろうね」
たまたま土曜日で用もないので、二つ返事で受けたが、梓のことだ、なにやら予想外のことをしてくれそうで、期待というより不安の方が先に立つ。
「無理しないといいんだけど。せっかくいつになく安定してるのに」
梓の容態は珍しくいい方向に向かっていた。昔はそれを過信して無茶をすることもあったが、今はまったくそんなそぶりを見せない。彼自身がとても自分の体調に慎重になっているのが分かる。そしていつ死んでもいいと言っていた梓が、そんな風にきちんとひとつひとつ治療をこなし、状態を保つ努力をしている姿に、多美もまた真剣に祈っていた。一日でも長く、この状態が続きますように。
「今、具合いいんだ。よかったね」
「確かに」
二人が嬉しそうにそう言ってくれることも嬉しかった。ありがとうと言ったところで軽やかにチャイムが鳴り響く。




