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「ご入学おめでとうってことで、ケーキあるよ。冷蔵庫まで取りにいこう」
梓は車椅子を自分で器用に操って私を誘う。給湯室にある共用の大型冷蔵庫のことだろうが、一緒に行こうというあたりが微妙だ。
「梓は休んでていいよ。私、取ってくるから」
「一緒に行くよ。今日は気分もいいし、お茶も飲みたいから手が足りないだろ」
そう言ってさっさと病室を出て行く。多美は梓をすぐに追いかけて、スライド扉を開けてやった。
病室から並んで広い廊下を歩くのも、もう慣れた光景だ。多美の顔は、実加がこの病院に十年以上お世話になっていたので、広く知られている。そして梓もまた病院内では有名人だ。通りがかる人が大概どちらかの、または両方の顔見知りで、給湯室まで行くのに、挨拶ばかりで会話する間もない。
冷蔵庫を開けると、アズサとマジックでサインが入っている、白いケーキの箱が中央に入っていた。
「これ、あけぼの堂のケーキじゃない。まさか梓、自分で買ってきてくれたの?」
あけぼの堂というのは、大学病院前に店を構えるケーキ屋さんだ。当然お見舞い品としてこの病院では食べる機会が多い。箱を開けると名物のふわふわ絹ごしシュークリームとケーキがいくつか入っていた。
「まぁね。何が好きか分からなかったから、たくさん買っちゃったけど。選んで」
「じゃあ、このチョコのやつにする。梓は食べられないのに、残りはどうするの」
「後でお持ち帰りください」
共用の戸棚から紅茶のティバッグを取り出して、勝手に置いてある私物のスヌーピーのマグを二つ取り出した。一つは梓本人の、もう一つは実加の遺品をそのまま使っている。お湯を沸かして紅茶を淹れる。多美の分を淹れた出がらしで、ほんの少しだけ梓のお湯にも色を付けて、気持ちだけ紅茶にするのもいつものこと。お盆を拝借して、梓の膝上にケーキが一つとマグを二つのせる。多美がゆっくりと梓の車椅子を押して、病室へ戻った。
病室に戻って梓がベッドに移り、多美は脇のパイプ椅子を引いて座った。いつもの定位置。
多美が一人でケーキを食べていると、やっぱりなんだか違和感。ああそうか。
「……なんで見舞い客が入院患者にケーキ買って来てもらってるのよ……」
「ぶっ」
梓はそれを聞いてふきだした。
「まあ、たまにはいいじゃん。お祝いだし」
梓の入院生活は長い。そして多美が訪れる回数も多い。多美はもう梓に対して見舞い品を持っていくことはしない。たまにお使いを頼まれたり、変わったものを見つけたら差し入れるだけ。それは梓の方からはっきりと言われたのだ。見舞い品なんかいいから、たくさん来てよと。
「あけぼの堂まで外出許可とった……わけないわよね」
「ないね。でも今日は暖かい日だったし、体調もよかったから。雨とか降ってたら、井口のおばちゃんにお使いをお願いしてたよちゃんと」
井口のおばちゃんとは、同室の井口さんのお母さんだ。井口さん自身はちょっと神経質な二十代の男の人で、ルームメイトといろいろ悶着を起こす人だったらしいが、熱烈なサッカーファンということで梓と仲が良くなり、この部屋に落ち着いて以来、お母さんには大変感謝されているのだ。
「……無理はしないでよ」
「わかってます。多美が悲しむからね。やりません」
冗談みたいな口調なのに、マジメな顔をしてそんなことを言うから困る。
「……それに無理なんかしなくったって、そのうちいくしね」
さらにそんな酷い言葉をさらりとつけたして。