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君に告ぐ  作者: ミズハラハヅミ
第三部 花の降る正午
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19

 屋上でした話――となると、生きたくないと言った、あの時のことだろう。多美はそうかと言ったきり黙り込んでしまった、梓の頭のつむじをぼんやりと見ていたことを思い出した。

「どうしてそんな風に思うのかな。最近はずっと寝てて、考えることくらいしか出来なかったから、いつも、多美のその言葉を思い出してたよ。そうしたら、やっぱり多美に何か言わなくちゃって思ったんだ。どうしても言いたくなったんだ」

「……うん」

 梓はしばらく間をおいてから、多美に言った。

「あせらなくても、必ず多美の番は来るよ」

「え?」

「多美の中で生きることと死ぬことがごちゃごちゃになっているって、言ってたけど。実加ちゃんも俺も意外と早めに順番が回ってきてるのは、たまたまなだけだよ。多美には、多美のタイミングで、いつか必ずこの時は来る」

「……うん」

 梓はあれからずっと、多美に向けて何と言えばいいのか考えていたのかが分かる。多分彼だから見えていること、知っていることもたくさんある。それをどう言葉にすればいいのかに、これだけ時間をかけたということなのだ。

「だから、それまでは、諦めて生きるしかない」

「……諦めろって話なの?」

「そうそう。大丈夫大丈夫、いつかはわかんないけど、絶対に死ねるから」

 変な慰めに聞こえた。大体、絶対死ねるから大丈夫なんて請け負い方があるか。

 梓は困った様子で、指でこめかみをくりくりと押さえた。

「そんなに生きてる間ヒマなら、歌えば? 多美、歌うまいし」

「ええ?」

「人生死ぬまで暇つぶし。それくらいでいいんじゃないかな」

 瀕死の患者にあるまじきライトな発言に、多美はさすがにびびった。しかし当の梓はまったく気にした様子がない。さすがのっぺらぼうというべきか。

「多分ね、多美はマジメすぎるんだよきっと。普通の人、普段からそういうこと考えてる人絶対いないから」

「それはそうかもしれないけど」

「実加ちゃんや実加ちゃんのたくさんの友達とか、俺にもつきあって、多美の中で『生きる』ってことが、ものすごく苦労した上で、やっとで勝ち取るものだって思ってるんじゃないのかな。だから自分が、ただ当たり前に生きてることが後ろめたいんだ。――違う?」

 梓の表情は穏やかだった。多美がどう思っているのかをじっと確認するように見つめて、それからちょっとだけ、微笑った。

「けど、全然そんなことないから。多美が思ってるほど、人の命は重たくないよ」

「そんなこと……!」

「本当だよ。俺が死んでも、世界は何も変わらない」

「でも、梓が死んだら私は――」

 私は?

 どうなるんだろう。絶対に避けられないことなのに、考えたくない。会った頃は漠然と悲しくなるんだろうなと思っていたけど、今は自分がどうなってしまうのか、まるで想像できない。

 梓を失うことが、いつの間にか、こんなにも怖い。

「……そうだね。誰かが悲しんでくれるくらいには、命って軽くもない」

 多美が言葉をつまらせたのを、梓はそんな風に受け止めた。

 俺には時間があったから、と梓は続ける。「寝込んでる時に、まあいろんなことを考えてみたんだけど、一番なのは、そういう小難しいことは考えないことだな、と」

「考えない?」

「――考えちゃうなら、考えないように動く」

「動く、」

「かつて俺がマジックを習った時のように、目の前のもの片っ端から全部やる」

にっと、得意げに梓は笑った。梓にはたくさんの手慰みの趣味がある。実用ではなく、ただ日々を楽しく過ごすためだけのもの。

「多美はバカにするかもしれないけど、意外と有効だよ。必死で覚えている間は、ただ楽しかったし、病気のこと忘れてた。多美のそれも、病気みたいなもんだから、そうしていれば、きっといつの間にか忘れちゃうよ」

 以上、経験談でした。と梓はしっかり話を締めて、それから照れたように多美を見た。偉そうなこと言ってごめんと呟き、少し首をかしげた。ちゃんと届いた? 確認されているみたいに。

「……ねぇ、梓」

「何?」

「ずっと考えてくれてたの? この話」

 梓はもちろん、と言ってからゆっくり笑った。

「俺には時間が許されていないからね。言わないといけないことはすぐに言わないと」

 きっぱりとそう言い切って、とても優しく、梓は笑った。なだめるように柔らかい口調と、その響きのよい声で。

「照れくさいこと言ったついで」

 梓は多美を至近距離で逃げられないようにして、多美にしか聞こえない小さな声で囁いた。

「もし多美が死んだら、俺は泣くよ」

 すとん、と梓の言葉が胸に落ちてきた。

 不意に思い出したのは、実加が亡くなったあの日の光景だった。病棟の端で微動だにせず、何かに耐えるように壁を睨みつけていた硬い表情の梓は、深い悲しみの中にいても泣いてはいなかった。

「……泣いてくれるんだ」

「ああ」

「実加の時は、泣いてなかったのに」

「そうだね。なんでだろうね」

 梓はこの期に及んでも、多美への気持ちははっきりと口にしない。

「……わかった。覚えておく」

 今日はまたあの夢を見て多美が怒らないように、ちゃんと起きてることにするから、と梓が宣言するので、付き合ってたくさん本を読み聞かせてやった。照れくさくて、踏み込んだ会話は、それ以降まったくしなかった。





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