18
窓辺には美しい白い花が咲き乱れていた。自分で活けた感じに自己満足。多美がよしとつぶやいたところで、ゆっくりと梓の目が覚めた。
「……多美?」
「起きた? おはよう」
起きた時、多美はどんな時間でも、なんとなくおはようと答えてしまう。今は一人病室でぼんやりしているのも少しつまらない。窓の景色は、以前より少しだけ左にずれている。少し前に梓は以前の四人部屋から、三つほど隣になる個室へ移動してきたからだ。前は荒井さんとか、井口さんがいたから、会話を交わすということがなくても、何となく空気に色や音があって居易かった。
淋しがりやだから、と言っていたのは実加だった。だから多美は個室に移ってからは、花束を持ってくるようになっていた。小遣いに響くので、花屋ではなく近くのスーパーでとにかく安い束を買って、自分で綺麗に活けるようにした程度のものだけど、梓はことのほか喜んでくれた。
「……また、あの夢を見たよ」
最近梓はいつも同じ夢を見ている。
「この間見たっていう、とってもいい夢のこと?」
「うん」
初めてその話を聞いた時、いつになく熱のこもった口調で話されたことにまず驚いた。それを初めて見たのは三日間眠り続けた時のことらしかった。
『多美はこんなキレイな空を見たことがある?』
梓の問いに多美は静かに首を振った。
『空。青くて遠くて、ずっとずっと広い空に、色が降ってくる。いろんな色』
『色?』
『万華鏡みたいにきらきら光って、雪みたいにふわふわってゆっくり降ってくるんだ。それがあんまりキレイで全然飽きないんだ』
梓はにっこりと笑った。『だから、ずっと見てる』
窓辺に活けてある鮮やかで、なのに匂いのない花束に目をやり、この花を空に投げた感じなのかなと想像する。この夢を見ていた時の梓はすごく浮かれていて、そして大概が何日も目が覚めない時だった。カレンダーに×もつけずに、嬉しそうにその夢の話をする梓が、あまりに自分から遠く感じて怖くて、強く強く梓の手を握り締めた。
「……そう、よかったね」
「全然よさそうに見えないよ」
「そんなことないよ」
「――多美にも見せてあげたいなぁ。本当にキレイなんだから」
「梓」
多美はもう聞いていられなくて言葉を遮った。「お願い、そんなこと言わないで」
どうしたの? 梓は何がいけなかったのかまったく分からないまま、小さく首をかしげて多美を見ている。
「いかないで」
「どこへ?」
「……最近の梓、その夢の話ばかりする。まるでそっちが梓のいる場所みたいな言い方する。遠くに、行ってしまう気がする……」
「多美の気のせいだよ」
よしよし、梓はよいしょと身を起こして、握っていない方の手で、多美の頭を優しく撫でた。
「わかってます。あれは夢だよ。ただの夢。それに何日も寝込むなら、悪夢よりいい夢みたいじゃん。それくらいのことだよ」
「ならいいけど……」
「でも本当に多美にも見せてやりたいなぁ。もうそろそろお誕生日でしょ?」
梓から意外な言葉が飛び出してきた。
「そうだけど、知ってたの?」
「詳しくは知らない。けど実加ちゃんからちょっと聞いた気がする」
何日? と間髪いれずに問われて、そのままに答える。
「何かしてあげられるといいんだけど。あの夢みたいに、キレイなものがいいんだけどな。……考えるよ。まぁこんなだから、あんまり期待しないでくれると嬉しい」
自分のやせ細ったどうしようもない身体をきょろきょろと見て、肩をすくめた。
「気にしなくてもいいのに」
多美の相槌に、梓はいえいえとお茶らけてみせて、笑いかけた。久しぶりの笑顔だった。
「そうだ、多美に、やっぱり言っておかないといけないことが」
「何?」
「ちょっと前に屋上で聞いた話のこと」
梓はちらっとカレンダーを見た。それからカレンダーと側に置いてあるペンを持って、×を4つつけて、それから次のページをめくって、多美の誕生日に大きく二重にマルをつけた。




