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あの梓から、そんな言葉が出てくることに驚いた。すべてを諦めて、全部を主治医に丸投げして、流されるだけだった梓が、突然真っ向から反対し、自分のやりたいようにしたいとダダをこねた。
驚きと同時に、泣きたいほど嬉しくなった人間も少なからずいた。まず主治医の高橋先生がそうだった。
梓を連れてきた時に、荒井と井口にそう言っていた。
『やっと梓くんが、ボクの患者に戻ってきたよ』
だって助かる気のない患者を救うことなんて、ボクには絶対できないんだから。
遊び仲間だった荒井も、サッカー友達になった井口も、このルームメイトが突然そんな形で、自分の病気に向き合い始めたことを苦しい半分、嬉しい半分で迎え入れた。
そして梓がこんな風になった唯一の『理由』が『誰』なのかも知っていた。
「君が多美ちゃんと出会ったのは、いいことだったのかなぁ……」
荒井はしみじみとそう呟く。辛い道を梓は最後の最後に選んだのだと、二人は了解している。
「会えないよりはいい」
井口はきっぱりと言った。
「分からないけど、多分」
二人の慰めに、梓はふふっと小さく笑った。
「二人ともどうしちゃったの。なんだか急に優しいじゃん」
「餞別みたいなもんだよ。――寂しく、なるから」
井口はそう言い、荒井はそのスケッチブックの多美のページをざっと破って、梓のベッド脇に置いてやった。
「そうそう、餞別だって」
その中断した話し合いの内容が何かは何となく察している。補助人工心臓の設置で本格的な移植待機。その為の個室移動。――人は危なくなると個室に移される。長期入院患者なら誰でも知っていることだ。四人部屋にもランクがあって、短期入院患者のいる部屋は、人の出入りが頻繁で病状も軽いため、全体に雰囲気が明るい。それが中期になると、ベッド回りに余計な私物が増えていく。長期になると自宅への一時帰宅もなくなるので、入院場所ではなく生活場所へと変化していく。そして最後は個室。お金がありあまっていなければ、他人と一緒にしておけないほどの病状の人間が使うものだ。今梓たちがいるのは中長期の部屋で、ここを出て行く時は、回復して退院するより、死ぬために個室に移動するケースの方が圧倒的に多い。
「ちょっと隣の隣の隣ぐらいじゃん。たまには遊びにきてよね」
「いいのかよ。個室だと、彼女といちゃいちゃできるかもよー」
「そんなことできるだけのバッテリー、充電してくれんのかなぁ」
「俺から先生に頼んどいてやろうか? 彼女とエッチしたいから、はりきっても大丈夫なくらいフル充電でよろしくぅって」
「荒井さんもアホですか」
消灯でーす。電気消しますよー。看護師さんの声が響いて、三人は会話を終わりにした。梓は荒井さんからもらったスケッチの多美を枕元に置いた。お餞別。
暴れた時に梓が何度も叫んだ言葉を、二人は高橋先生から聞いている。
『これ以上、俺の命から、自由を奪うな!!』
――足掻いてみただけ。
三人とも暗い中布団はかぶったが、なかなか寝付けない夜になった。




