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「……お母さん、ですか……?」
梓のお母さんは、そうです、と少し急いだ口調で答え、先を続けた。
『梓から、何かあった時は多美ちゃんにも連絡してほしいと頼まれていて』
「え……」
一気に血の気がひくのがわかった。古沢さんは怪訝そうな顔をしてこちらを見ている。
『朝方大きな発作があって、でもまだ意識が戻らなくて』
「あの」
『高橋先生にも、連絡を取るなら今のうちにって……それで』
どうしようどうしよう! 落ち着け!
こんなこと、実加の時だって何度もあったじゃないか。でもその度に動揺した。結局大丈夫でしたと言われ続けて、危篤に慣れてしまった時期もある。だからきっと大丈夫。まだ大丈夫。落ち着け落ち着け。
「今、私、学校にいるんで、近いからすぐに行きます!」
ごめんなさいね、と梓のお母さんはもう一度謝って、すぐに電話は切れた。ケータイを持っていた手が震えていたのには、古沢さんが両手でケータイごと手をぎゅっと握ってくれて、初めて気がついた。
「多美?」
「あ、ご、ごめん……」
「おうちで何かあったの? お母さん、どうかした?」
一句一句、はっきり聞き取れるように、しっかりと古沢さんは聞いた。
「まず落ち着いて。深呼吸しよう。三回。吸って」
思わず息を吸った。「吐いて、もう一回吸って」
「吐いて、吸って、吐いて――大丈夫?」
古沢嬢の勢いに押されて深呼吸をしたら、少しだけ落ち着いた。
「多美、どうかしたの?」
「……かなくちゃ」
「え?」
「私、行かなくちゃ」
「ちょっ……! 多美!」
多美は古沢さんを振り切って、教室の外へ飛び出した。とにかく玄関、完全に慌てていたが、行かなくちゃという気持ちだけで動く。
「梶原ぁ!」
大声で背後から呼ばれた。振り返らなくても、その声の持ち主は、すぐに多美に追いついた。
伊東くんは走りながら言った。「正面玄関からそのまま直進いっとけ! チャリで追いつく! 送ってくから!」
多美の返事を待つ前に、彼は自転車置き場のある右手に曲がっていってしまった。――教室内にいて、あの電話の意味が分かる唯一の人。
「ありがとう!」
その背中に向かって叫ぶと、伊東くんは右手をさっと上げて返事に代えた。いつもの通い慣れた坂道を全力疾走で登る。絶対に大丈夫と祈りながら懸命に、ただ。




