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「言っていいんだよ」
「梓?」
「俺は知ってるから。多美の命は多美だけのものだ。それは俺のとはまったく違うものなんだ。俺が大事にしろとか羨ましいとか俺にくれとか、そんな風に言えるものなんかじゃない。多美の苦しみが、俺のものより苦しくないとは言い切れない」
なにより多美の場合、妹が、家族が、その苦しい戦いのど真ん中を生き抜いてきていたのだ。言っていいわけがない。……ずっとそう思っていたから、自分の気持ちに蓋をしていた。
いつの間にか梓がこちらを見ていた。
いつもと変わりのない表情で。のっぺらぼうの梓のままで。
だからするりと多美の口から、初めての言葉がこぼれ落ちた。
「私は死にたいわけじゃない。……これ以上生きたくないだけ」
言葉になって、自分で言った言葉を耳で聞いて、はじめて自分の中の心の澱に触れた気がした。
自殺したいわけではけしてなかった。死にたいと生きたくないの意味は、多美の中ではきちんと説明できなくとも、明確に違う。
母が燃え尽きたように、多美の中にもこの十四年間に降り積もってきたものはあった。戦う中で、私たちはやはり、どこか普通からは逸脱した場所にいたのだ。
「たくさん、自分よりも年下の子や、思いがけないタイミングで亡くなっていく人を見過ぎたからかな。自分の中で、生きてることと死んでることの、区別がついてない」
「――」
梓の握る手に力がこもった。けれど梓は何も言ってはくれなかった。目の前に広がる空はどこまでも青く、町並みはずっと遠く続く。なんとなくついたため息が、とても大きく聞こえた。
「母が疲れてしまったみたいに、私ももう疲れているのかもしれない。もし私が実加と同じような病気で倒れてしまったら、死にたくはないと思う。けど、……やっと自分の番が来たって、ほっとする自分もきっといる」
「なんで」
やっとでかけられた梓の声は少しかすれていた。とても小さな声で、咎めるように、そう言われた。
問いかけられても、私にもその答えは分からない。
「たった十五年しか生きてないのに」
「……うん、」
「俺よりも、生きてないのに」
「……うん」
多美が抱えているものは絶望ではない。そんな重くて大変なことではない。ただ単に、生きること自体にとても執着できないだけ。だってどうして私が今生きているのかが分からない。どうして実加が駄目だったのかが分からない。たとえ今生きていても、ある日突然それは終わってしまうのを知っている。ならいっそ早く終わりにしたいと願ってしまうのだ。自ら死にたいとは思わない。けれど簡単に生きている自分が信用できない。
誰にも言えず言わないまま、この気持ちを飼い殺しながら、過ごすだけ。
「そっか……」
梓はそれだけ言って黙り込んだ。怒っただろうかと表情を探るが、そんな様子はなかった。戸惑っているとか驚いているとか、そんな風にも見えない。ただ飲みこむだけ。どんな驚きも悲しみも辛さも苦しみも恐怖も、全部その表情で飲み込んできたのを、多美はよく知っている。




