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伊東くんはあんな話を、あんな風に軽率にしてくるような人ではない。よほど言われたことが辛かったのだろう。大体もう三年も経つ部の先輩に、こんなにも会いに来る情熱がある人のことだ。それくらい落ち込むのは当然だと思った。
やっとで状態が安定し、屋上に連れて行ってとねだられて、多美は久しぶりに梓の車椅子を押していた。屋上の中程、柵の近くに車椅子を固定した時に、梓は意外と穏やかな顔をして、多美に言った。
「ヒデキ、やっぱり落ち込んでた?」
「……何か言われたの、わかった?」
「多美が何か言いたそうだったのはね。だったら、なんとなくあいつのことかなって」
いい奴なんだよ。――梓はちょっと笑ってそう言った。
「そうじゃなきゃ、入院して三年にもなる俺のところに、定期的に見舞いなんか来ないって」
「そうだね……」
青い空はどこまでも広く、病院に閉じ込められているのに自由になれる気がした。時折温い風がやわらかく吹いている。
「ねぇ」
「何?」
「多美は、今でも死にたいと思っているの?」
梓の予想外の問いかけに、多美は驚いた。
「梓はそんな風に思ってたんだ」
梓は振り向きながら視線を上げて、多美を見つめた。少し笑って、正面に向き直る。
「多美が俺の側にいられたのは、ヒデキとはまるで別の人だったからだ。まっすぐで、健康で、元気で生きているのが当たり前のあいつに会うのは、嬉しかったのと同じだけ苦しかった。がんばれ、きっと治ります、そう言われるたびに辛かった。俺はもうそっちの人間じゃないって分かってるから。でも多美は違う。実加ちゃんのことで、こんなことにも免疫があるんだってこともあるけど、まず、多美自身に、光がなかった」
「――」
「すべてのことに無関心でさ。学校にも義務だけで行ってる。適当に友達は作ってるけど、放課後はいつもふらっとこんな俺のところにきて、居心地がよさそうにしてる。かと言って、俺のところにだって、実加ちゃんの遺書のために来てるんだし。――俺はずっと、多美は俺とおんなじ、空っぽの入れ物なんだって思ってた」
梓はそっと右手を伸ばしてきた。後ろにある多美の右手を見つけて、きゅっと軽くつなぐ。
「……違う?」
多美が梓を観察していたように、梓の方も多美を注意深く見ていた。それでも多美は自分の気持ちを言うことができなかった。
――許されないことだったから。
「まぁ、今にも死にそうな人の前で、死にたいなんて言えないよな」
梓はさらりと言いにくいことを言った。
本当に全部分かっているかのようだった。




