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病院で梓と花火大会を見るの、と多美が言ったら、たまたま調子が良かった母が、浴衣の着付けを手伝ってくれた。母はもちろん屋上の花火大会のことをよく知っていた。
「実加ちゃんも何度か参加したこと、あったのよ」
「……そうなんだ」
「お姉ちゃんもいればよかったのにって、いっつも言ってた」
「そっか」
母はぎゅっと帯をきつく締めて、それからハイできた、と一回お腹をぽんと叩いた。
「一度くらいは呼んであげれればよかったわね」
「……やっぱり当日具合が悪くなったりとか?」
「そうね」
十四年入院しているうちで、「何度か」と母が言ったことに間違いはなかった。おそらく実加は多美が呼べないくらいには、花火を見られる状況ではなかったのだろう。
「夏は不思議なくらいに実加ちゃんの調子が悪かったからね」
それは多美もよく知っている。これまで調子よく来ていても、夏になるとがたりと体調を崩すことが多かった。夏は実加にとっての鬼門だった。
「梓くんの様子はどう?」
母も梓のことはよく知っている。多美が今でも梓のところへ見舞いに行っている理由は知らなくても、きっと実加がらみで知り合いだったのだろうと、勝手に思ってくれているようだった。
「……だんだん悪くはなってきてる」
「梓くんのお母さんには会ってる?」
「時々会うよ。ちょっとしんどそうだけど、しょうがないかなって」
「そうね……せめて移植が間に合うといいわね」
他の病気を持っていた実加と違って、梓の場合、移植が出来れば持ち直す可能性は高い。しかも重病度からして移植待機順位も早いだろうと、母は言った。
「せめて梓くんだけでも生きていてくれたらなって思うのよ」
普通の家ならきっと、今にも死ぬ人間に深く関わるなと咎めるのだろう。けれど母も多美も実加と一緒に生きてきたから、今から梓のことに関わらないということは思えない。
実加の最初で最後の彼氏。
「実加ちゃんが好きだった人だものね……。恋って、いいわよね。あの子の人生、できないことばっかりだったけど、人として生きていて、一番大切なことは出来たってことだけで、梓くんには本当に感謝してるのよ」
「人として、一番大切なこと……?」
「そう、自分以外の人を、特別に好きになること」
不意に梓の一言を思い出した。
『好きだなんて、言ってないんだ』
実加は梓のことが好きだった。多分そうだと思う。けれど梓の方はどうだったんだろう。自分の明るい部分を諦めさせて、すべてを理解してくれた実加のことを、好きとか愛しているとは関係ないと言っていた。切羽詰るように実加に縋り付いたことを、さびしいことだとも、言っていたような気がする。
「ねぇ、多美」
「何?」
「多美が梓くんの側にいるって決めたんだったら、梓くんに何を言われてもめげずにいなさい」
「え……」
母は多美ときちんと目を合わせてそう言った。
「病院に来ないでとか、放っておいてとか、実加ちゃんもよくそんな嘘をついたから。あの子達は自分たちの状況をちゃんと知ってる。だからそうやって大事だと思っているものから、本能的に身を引いちゃうんでしょうね」
懐かしそうに、そしてどこか痛そうに、母は言った。
「きっと今の梓くんには、多美が必要なのね。だったらこっちが引いては駄目よ。何を言われても、多美からは、離れちゃダメ」
「……それはママの経験?」
「そうね」
さぁ、早く行きなさい。暗くなる前についておいたほうがいいわ。母はそう言って多美を送り出してくれた。




