3
彼、樫井梓は多美よりも一つ年上で、妹の実加の知り合いだった。というか、彼は妹の、最初にして最後の恋人だった人だ。妹を通じて何度か顔を合わせたことはあったけれども、会話をするようになったのは、妹の死後のことだった。
「まさか受かるまいとみんなが思ってた高校に入学できて、大変素晴らしい」
ずばりと梓がそう言うので、多美は笑った。
「実は私も受かるとは思ってなかった」
「黙ってた甲斐があるってもんだな。実加ちゃんの死に目には会えなかったわけだし」
妹は高校入試の当日に亡くなった。妹が危篤になっている中で試験を受けたので、精神的にはボロボロだったのだ。試験が終わった直後に、待ち構えていた試験監督の先生から訃報を受け取った。試験が終わるのをずっと待っていた先生が、すでにタクシーを待機させてくれていたことはよく覚えている。
そんなわけがあったので、家族含めてみんな受からないだろうと腹はくくっていた。
「がんばったね」
「ありがと」
「志誠高校っていえば、校舎古いけど、中もボロボロ?」
「まあね。確かに古いけど、雰囲気はけっこうよかったと思う」
「志誠はそれなりに有名進学校だからな。南部だと、綾西と張るくらいのレベルだろ? がんばんないとついていけないよ」
梓は北部の出身なので、こちら側の学校事情はよく知っている。
「がんばる」
「よろしい。……しっかし、いいなあ! 花の高校生活。俺もやってみたいー」
梓は高校から養護学校へ進学しているのだけれども、この病気のためにまだ一度も登校したことはない。時々先生の方が出張授業に来て、沢山のプリントと自主格闘しているのが、彼の高校生活だ。
「学校なんて勉強するとこじゃないよ!」
「じゃあ何しに行くのよ?」
「イベント目的に決まってるじゃないですか。文化祭に運動会だろ?」
こんな身体に生まれついているのに――から、かもしれないが――梓は妙なところでいつもアクティブだ。行事関係が大嫌いでウザいだけの多美には、到底信じられない。本当に世の中うまくいかないものだ。
「運動会なんてないわよ」
「ウソ!」
真剣に驚かないでほしい。
「本当。陸上競技大会ならあるけどね」
「それつまんない学校だろ!」
「文化祭はあるけどね。あとは合唱コンクールと。文科系の方が強いの」
「じゃあ俺には向かないな。そうだ。俺、幼稚園の時かけっこで一等賞取ったことあるんだぞ。今でもこれさえ普通なら絶対早いはずなんだけどなあ」
軽く胸を押さえて、とても嬉しそうに言うから、反応に困る。
「――信じる?」
いたずらっ子そのままの梓の言葉に、多美は舌を出す。
「信じない!」
ひでぇや、と梓は苦笑した。――もし私の心臓をくりぬいて梓に差し出して走りなよと言ったら、きっと彼はすごい勢いで走り出すだろう。いつまでもはしゃぐように走るんだろう。そんな梓を見てみたかった。そんなの無理なんだけれども、そう思った。