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「ただいまー、多美、ちょっと来てくれー」
玄関先で明るい父の声がした。
父と母はみんなのためにケーキを買ってきてくれていた。みんなは礼儀正しく、おじゃましてまーすと合唱し、疲れた顔をしていたはずの母が、慌てて台所へ立とうとした。多美はいいよいいよと席へ押しやる。ごはんの準備はもうとっくにできていた。
母は今までに見たことがないくらいに明るい顔をしていた。
「ママ、今日は調子いいの?」
「ううん、そんなことじゃなくて、初めてだなあって思って」
「初めて?」
「そう、多美がこんな風に、普通にお友達を家に連れてくるのって」
本当にそうだった。今までこんな風に、この家にお客様を迎えたことがなかった。実加に友達はいなかったし、多美も友達を連れ込むほど時間があるわけでもなかった。本当に今までなら、あるわけのない風景だった。
両親はわきあいあいとみんなとおしゃべりしている。みんなが合唱部だと聞くと、実は俺も昔合唱部にいたことがあるんだよと父が言い出して、一気に場が盛り上がった。多美は俺ゆずりで歌は上手に歌えるんだから、合唱部に入ったらどうなんだ? とまで言いだす始末だった。
父が調子に乗るのには困ってしまったが、多美は久しぶりというより、ほぼ初めてだった団欒を楽しむことができたのだった。
「いやあ、なんていうか、久しぶりに楽しかったね」
元々こういう人と集まって何かをするようなことが好きな父が、あらためてコーヒーを入れつつ、楽しそうにそう言った。多美も自分の分を入れてもらって、ソファーにくつろぐ。古沢さんによってさりげなくイメチェンされた居間には、ところどころで変わった小物が配置されていた。ちなみに西には黄色い象さんの置物がある。何でも金運があがるそうだ。キッチンに赤は置くなとか、まあいろいろなことを言われてまいったけれど、そのいわれをいちいち古沢さんに確認していた父が、あまりに楽しそうだったので、まぁいいか、と思うことにした。
その窓辺で、母が種の入った缶を開いていた。
このおうち、緑がない。古沢さんが異常にそのことにこだわって、一人コンビニで追加買いをしてまで置いていったのは、そんな植物栽培キットだった。缶を開いて水をやるだけというお手軽さ。コンビニをよく使う多美も、こんなものまで売っているとは知らなかった。
母は説明書の通りに丁寧に種を蒔き、コップで水をあげた。
「ママも楽しかったけど、ちょっと疲れちゃった」
疲れを隠せない母の顔は、それでも今までとは少し違っていた。
「もう休むわ。多美、お友達また来るようだったら、今度はちゃんと事前に言うのよ。飲み物もないようなのは恥ずかしいもの」
「……うん。でも、呼んでもいいの?」
もちろんいいわよ、と意外に明るい声がかかってきた。
「よく考えたら、今まで多美がお友達を連れて来られなかったことの方がいけなかったのよね」
「ママ……それはしょうがないよ」
「うん、でも、多美はそれで今までたくさんのことを、諦めてくれていたでしょう?」
コーヒーを飲みながら、のんびりと父も言った。
「あの子達なら、いつでも大歓迎するよ」
そう言われて、多美はやっとでほっとすることができた。




