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君に告ぐ  作者: ミズハラハヅミ
第二部 プラネタリウム心中
34/79

15

「ねぇ、梓くん、多美ちゃん彼女じゃないって本当?」

 お隣さんの荒井が、消えた背中の桜吹雪を梓に再度書きながら、笑ってそう言う。

「本当。俺の彼女はもう死んじゃった」

「ならつきあっちゃえばいいのに」

「つきあってもエロいことできないもん」

 ははは、と大声で荒井は笑う。それをうるさそうにして顔をしかめたのは、お向かいの井口青年だ。

「でも、あの子のこと、好きだろう?」

 井口が梓から譲られたサッカー雑誌から目も上げずに、ぼそりと呟いたのを、二人はしっかり聞き遂げた。荒井がそこんとこどうなのーと茶化してくる。

「どうなのかね」

 梓はくすくす笑うだけで、核心ははぐらかす。

「しかしあの子、すごい美人さんだよね。笑うとすごく可愛いのにもったいない。もう冷たくて。ツッコミはげしいし。クールビューティ? 大人になったらいい男ハイヒールでぐりぐりって」

「荒井さん変なオトナの想像はやめようよー」

「ヘンタイ」

 ほがらかに笑う少年と、顔をしかめる青年に、親父はがははと笑い飛ばす。

「でも歌は上手だったね」

「でしょう? 本人は人並みだって思ってるみたいだけど」

「あんな歌ここで歌うかって」

「いいじゃない、多美らしくて」

 あの日。夕焼けの中、窓を開けて彼女は歌っていた。小さな声で、けれどとても美しく。

 梓だけではなく、カーテンを引いていた井口も、テレビを消したばかりの荒井もそれを聞いていた。三人とも、多美には気付かれないようにして、それが終わってしまわないように。曲名はよく知っていた。子供の頃にみんな必ず歌ったことのある歌。『今日の日はさようなら』

 胸が痛くなるほどの美しい歌声に、思わず聞き入った。

「薄目開けて見ちゃったよ。やっぱり多美はいいなあ……」

 けして自分には手に入らない人。

 欲しいとも思ってはいけない人。

 ――なのに、最後まで側にいてくれる約束がある人。

「告白しないの? この世の名残、世の名残」

「しないしない。彼女にはまだまだ先があるからね」

 否定も肯定もせずに飲み込むだけの梓。のっぺらぼうの梓。美しい多美の声が歌ったのが、永遠の約束だったらいうことはなかったのに。




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