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今日は入学式とオリエンテーリングが終わって、時間割をもらって早めに帰宅できるようだった。多美は学校が終わると、亜季が提案した校内探検のお誘いを断って、すぐに帰りのバス停ではない方向へ向かった。今までと違って、ここからなら徒歩で行ける。昔は乗り継ぎがあまりに大変で、土日の休みしか行くことはなかった場所へ通う。そして、すべての生活を変えると決めたのに、今までと同じ道のりを行く理由は、唯一の約束を守るため。
ゆるくてカーブのある登り道を行くと、視界がぱっと開けた。大通りに出ると、その向こう側に別の道が伸びている。道の真ん中に街路樹。そしてその道は、遠くにある沢山の建物に吸い込まれていく。見てすぐに大学病院だと分かる建物は、私にとって、とても馴染み深いものだった。
正面外来の受付を通り過ぎて、内部から入院棟の入り口へ回る。中庭を抜けようとした時に、上の方から最近聞き慣れた、優しい響きのする声がした。
「多美ー!」
振り仰ぐと、四階のいつもの窓から手を振る影があった。
「梓?」
「どうだった? 新しい学校は」
「まあまあかな」
声を張り上げてまで交わす会話でない。多美は今すぐ行くから! と叫ぶ。今日の梓は顔色も悪くなく、早くなーと言って笑った。多美は慌てて正面玄関から病院の中へ入り、なかなか来ないエレベータにイライラしながら、彼の部屋を目指す。
息を整えてからスライド扉を開けると、四人部屋で左窓側にある梓のスペースを真っ先に見た。彼は窓の傍でいつもの車椅子に座って、こちらをまっすぐに見つめていた。左手を広げて突き出して、入ろうとした多美をストップさせると、しばらくしてにっこりと頷いた。
「うん、多美は新しい制服も似合うね」
「……視線がスカートの丈見てない?」
「いいじゃん。ミニでチェックで可愛いし。やっぱいいね」
「なんか言い方がやらしい」
「あいかわらず冷たいツッコミ……」
そして彼はあらためて多美に言った。
「とにかく、高校進学おめでとう。きっと実加ちゃんも喜んでるよ」