7
「まあ、実際、奴がいるからここまでやれてるし。付き合いもいいやつですよ。上手いからとりあえず一緒について歌っていけば、上手いような気にもなれるし」
田島と一緒に歌うのは楽だし気分がいい。声量豊かで、正確な音程を取る田島についていくだけで、ガイドと一緒に歌うようなものである。
「田島、梶原にもめちゃくちゃ補習つけてますよ」
「多美に?」
「下手だからじゃなくて、俺びっくりしたんですけど、梶原ってめちゃくちゃ上手いですよね。だから田島がべた惚れしちゃって、ことあるごとにスカウトしてるみたいです。つれなくて全然なびいてくれないって、俺らの練習見ながらこぼしてるけど」
もちろん同じ教室でパート練習をすることが多いので、梶原の歌声は男子にも聞こえてくる。最初に聞いた時は鳥肌がたった。明らかに、ただ歌が上手い人ではなかった。
「声がもともといいでしょう? でも歌うと雰囲気が違うって言うか。ただ音外さずに歌うっていうんじゃなくて、なんて言うのかな。とにかく、すげぇって感じで。胸の中にぐさってくるっていうか、いつの間にか入りこまれてるっていうか、もうそんな感じで」
伊東はもどかしげになんとか説明を試みるが、あまりうまくはいっていない。梓は大袈裟にため息をついてみせた。
「多美さんもねぇ……あのヒトなかなか俺の前では歌ってくれないんだよ」
つれないのは田島にだけではない。コンクールの歌を歌ってとねだっても、頑なに断られているのは、梓も同様だ。
「樫井先輩ってホント梶原のこと好きですよね」
そう見える? と朗らかに聞かれて、伊東はもちろんと首を縦に振る。けれど梓はそれを否定も肯定もしなかった。
「学校では、多美、楽しそうにしてる?」
伊東はうーんと正直に言葉につまった。多美は基本的にいつもクールで、あまり感情が表立っていないのだ。けっこう綺麗だから、なおのこと、とっつきにくくて。
「……そっか。学校でも笑えばいいのに」
「でも朗らかになったら、絶対にあれはモテますよ。先輩心配じゃないんですか」
「あれ、ヒデキは俺の応援なんだ」
「当たり前じゃないですか!」
大真面目に憤慨する後輩に、梓はにこにこと笑っている。けれどその笑いにも、苦いものが混じってくる。
「でも、俺はそう遠くもないうちにいなくなるよ」
「先輩――」
「だから多美にとって、俺といることは幸せじゃないと思う」
「そんな! 先輩がそんな風に言うのは嫌です。諦めてほしくないです」
伊東はきっぱりとそう言い切る。梓はそんな伊東をまぶしく思う。昔はこの衒いのないまっすぐさが痛かったけれど、今ではただ明るいなと思うだけだ。もう自分には絶対に得られないもの。失ってしまったもの。ただ、懐かしいだけ。
「だから俺は、先輩があの彼女と一緒にいるのが怖かったです」
「ヒデキ、それは言いすぎ」
「でも、あの子と会ってから、先輩変わった」
そうだろう、と冷静に梓は思う。実加がいなかったら、自分は多分もうとっくに、自殺してでも死んでいた。死ぬより苦しかった。彼女が共有してくれなかったら、きっと耐えられなかった。彼女は確かに、昔梓が持っていた、伊東のようなまっすぐさを、眩しさを殺してくれたのだ。そしてそれが梓にとっては唯一の救いだった。きっと、伊東はそれを理解することもできないだろうけど。
「先輩――俺はそんなに先輩のこと知ってるわけじゃないですけど、あの彼女と別れて梶原と出会って、また変わったと思います」
伊東が真剣にそう言うのを、梓は面白そうに見ている。他人事、のように。
「だから、先輩には梶原のこと、諦めてほしくないです」
梓はそれに関しては何も言わない。




