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君に告ぐ  作者: ミズハラハヅミ
第一部 あたらしい日々
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1

 今日から新しい生活が始まるというのに、多美にはなぜかその実感が湧かなかった。どうしてだろう。あんまりにも環境が変わりすぎたからなのだろうか。今度入学する高校は、自宅よりとても遠いところにある。バスに乗り合わせた、いかにも新しい制服の波から、ざわざわと共感できる会話が聞こえてくる。

 混雑したバスを、人の波に便乗してなんとか降りた。すぐ右手に見える、バス停から徒歩三分の高校は、ぼろぼろのとても古い建物で、玄関がなぜか二階にあった。正面玄関階段前に張り出されたクラス発表の板の前は、多美と同じような新入生であふれかえっていた。背伸びしながら、やっとで三組に自分の名前を見つける。

 ここまでするのにもうへとへとになってしまった。入学前案内のとおりに階段を上り、二階の玄関で自分のロッカーを探し、上履きに履き替える。教室は四階だ。ところどころの壁に貼ってある案内の紙を見ながら、ふらふらと教室に続く階段を探した。

 見つけた三組の扉の前で、大きく深呼吸、一回。

 ――今日から、再出発。

 入学式は多美だけではなく、家族にとって一つの契機だった。父も母も、朝からしきりにそう口にした。

 ――今日から気持ちを切り替えていかなきゃな。

 多美は意を決して、目の前の扉を開けた。



 新しい教室の扉を開けた瞬間、一斉に中の視線がこちらに向いた。おずおずと、緊張しながら中に入る多美を迎える視線は、緊張しているけれど温かい。見知った顔は当然いなかった。

『ご入学おめでとうございます。出席番号順に着席してください』

 色とりどりのチョークで黒板にはそう書いてあり、自分の席を探して、七番のついた席に座った。机や椅子は中学の時よりもずっときれいだ。次々と入ってくるクラスメートは、みんな緊張している。時々中学からの知り合いを見つけた歓声があがっていた。

 新しい教室、新しい制服に新しい鞄、教科書。見慣れない顔。すべてがなんとなくぎくしゃくしていてしっくりこないけれど、周囲のみんなの顔は明るい。

 知り合いもいないので、ぼんやりと座っていたら、突然声がかかった。

「こんにちは」

 すぐ後ろに座っていたその人は、とんとん、と多美の座っている背もたれを叩いた。振り向いた多美が見たのは、えくぼの浮かぶきれいな笑顔だった。よく見ると、笑顔だけではなく、ちょっとびっくりするくらいキレイな人だった。襟足長めのショートカット髪がつやつやとしていて、短いのにとても女の子らしく似合っていた。

「席も近いしよろしくね。私、一中の門倉亜季」

 多美はびっくりしつつも、答えた。

「よろしく。梶原多美です。聖上中出身」

「聖上?! なんでこんな遠くのガッコ選んだの!」

 多美の住んでいるK市は、大雑把に北部と南部に分かれている。多美の住む南部には、近場でここと同じくらいのレベルの高校があるので、そちらへ進学するのが普通になっている。

 多美は細かく説明することは止めて、簡潔に答えた。

「家庭の事情、かな」

「家庭の事情……ね」

 亜季はうーんと考えながら、それからこちらをまじまじと見つめる。

「何か大変なことがあったとか……?」

 言葉を濁されて、何か誤解された気がしたので、多美はにっこりと笑い返した。

「そんなんじゃないよ。両親がこっちによく来てて、その都合」

 そうは言ったけれど、本当はもうこの学校にする理由は存在しない。だから両親は家から近い、滑り止めで受けた私立の学校を選んだほうがいいと言ったが、多美自身がこちらを選択した。

 一からの出発。全ての生活のリセット。大きく何かが変わってしまったこと。入学というイベントに混ぜ込みながら、その転機を乗り越えなければならなかった。それに、多美にはまだ残されている課題がある。

「わかった」

 そういう亜季の目が一瞬するどくなってから、ゆっくりと緩んだ。本当に家庭の事情なのか、はたまた実は触れてはならない部分だろうか、その見極めを一瞬でされたような気がしたが、彼女が「わかった」らしい内容までは確認しなかった。

「ねえ、多美って呼んでいい?」

 亜季はにっこりと笑ってそう聞いてきた。

「どうぞ。私はなんて呼べばいいですか?」

「うーん、友達にはアキとか、カドちんとか、カドクラとか、やっぱ呼び捨て系?」

「あ、ちょっと親近感。私もカジワラか、多美ってしか呼ばれない」

「なんだよね。なーんか、アキちゃんとかそういう風に呼ばれないんだよね。可愛げないし、まあ似合わんし」

 こんなに美人なのに、確かに彼女はかわいいという印象がまったくない。あえて言うならかっこいいのだ。多分ものすごく同性にもてるタイプ。さばっとしていて姉御肌で、後輩にファンクラブとか作られてそうな気がする。

「そうそう、私ね、おんなじクラスに中学の時からの友達いるんだ。後で来たら紹介するね」

「うん。よろしく」

 そう答えながら、多美は憂鬱なのと楽しみなのとが混ざった気分になった。元から仲の良い子と一緒になるというと、なかなか大変そう。でも誰も知らないところで一人にならずにすみそうで、ホッとしたのも本当だった。辺りを見渡すとあちらこちらで自己紹介の雰囲気になっていた。おもに隣の席、前後の席だ。亜季のように朗らかに声をかける人や、多美のように、顔がこわばったまま答えている姿があちらこちらにいて、なんだか可笑しい。


――緊張もするよな。でもきっと大丈夫。


 昨日、多美をそう言って送り出した彼を思い出して、こっそりと笑う。そういえば彼も最初の頃に、さっきの亜季のように言ったっけ。ねぇ、多美って呼んでいい?


――梓。心配しなくても、大丈夫みたいだよ。






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