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「合唱コンクールの曲目を決めます」
と、HRの時間に、出席番号一番のため学級委員長にされてしまった浅沼くんが言った言葉を、みんなはええーっという気持ちで聞いた。途端にざわざわとする。亜季は合唱部だから嬉しいのかなと思って、後ろを振り返ると、想像したよりつまらなさそうな顔をしていた。
「まず合唱コンクールって、いつなの」
そんな声が上がって、浅沼くんは手元の紙を覗き込む。
「ええと、五月三十一日」
今から一ヶ月以上もある。そういや入学前にもらった年間行事の中に書いてあったような。文科系の強い志誠では、春に合唱コンクールをやって、それから陸上競技大会、そして夏休み後に文化祭、秋はボランティアワークがあった、と思う。
「でも今ぐらいから、みんな練習始めるらしいよ。俺も昨日、委員長会議に出て初めて知ったんだけど」
と、言うことで、と浅沼君は続けて、みんなにリストを配った。
「音楽の新垣先生ご推薦の曲目。女子ソプラノアルト、男子の三部合唱で楽譜揃えてくれるらしいから。では五分後採決取ります」
わら半紙に刷られた曲目は、知っている曲から知らない曲までさまざまだ。あっちゃんが亜季と私の席まで来る。あっちゃんが無邪気にこれはー? と指差したのは平井賢だった。
「『瞳をとじて』、好きなんだよね……」
「難しくないかな」
「大丈夫じゃないの? 音楽の先生が選んでるんだし」
「あ、これも知ってるー」
次々とよく知っているポップ曲を見つけては、きゃあきゃあ言っているあっちゃんと多美を無視して、亜季は眉間にしわを寄せている。
「無難な線でまとめてほしいな。森山のさくらとかいかれたら男子死ぬぞ」
「なんで? いい曲じゃん」
「小学生じゃあるまいし、直太朗くらい高い声が出る高校生がどれだけいると思う?」
「確かに高い声で歌ってるけど……」
さすが目の付け所が違うと言うか、……っていうか?
「なんでそんなこと気にするの?」
「優勝するため」
多美は亜季の超ポジティブな発言に、本気でびっくりした。
「これってクラス親睦を図るだけじゃないの?」
「浅沼が言わないだけ。優勝クラスに文化祭の予算が優遇されるらしい」
「それって、何気にけっこう重要じゃない!」
あっちゃんが呆れたように言うのと、何でそんなこと知ってるの? という私の素朴な疑問が重なった。亜季は多美の方を見て、部の先輩から聞いたとあっけらかんと答えてくれた。あちらこちらでそんなような会話が何かしら聞こえるのは、合唱部だけではなく、広く有名な話だからなんだろう。
「この中だったら、これが好みなんだけどな」
亜季が指差したのは知らない曲だった。『アムール河の波』。なんとなくピンとこない。あっちゃんは一応中学の時にやったことがあると言った。
「ロシアの歌だよね。けっこうキレイな曲だよ。ハモるのが気持ちいいの」
「あとは、定番で実力勝負」
亜季が見ている項目は、『翼をください』。これなら小学校の時によく歌った。覚えるのは楽勝かもしれない。
「そこまでしなくてもいいけど……まあ多数決だからなぁ」
「二人はこれに入れなよ」
亜季ににらまれて、あっちゃんはぷっとふくれた。
「でも亜季、これどんな曲なの?」
ええーと言いつつ、亜季はしょうがないなあと、小さな声で口ずさんだ。意外とメロディアスな曲だった。途中から楽しそうにあっちゃんがアルトで追いかける。近くにいた女の子たちが、これ何? と聞いてきたので、曲目リストを指差した。
亜季の声はさすがというべきか、めちゃくちゃうまい。気がついたらクラスの半分が、二人の曲を聞き入っていた。
先ほどの女の子からこれが何の曲なのか、伝達されていく。
「じゃあ、採択しまーす。今配ったリストにマルつけて、後ろから回収まわしてください!」
多美はその七番の曲に丸をつけて、亜季からのプリントを受け取り、自分のを混ぜて前の人に回す。
結局決まったのは、女子の支持を受けてその七番だった。
「では、わが三組の自由曲はこの『アムール川の波』で勝負しまーす。女の子はパート決めしてください。アルトとソプラノ――後は、千葉、お願いできる?」
浅沼くんが指名したのは、髪をポニーテールにした、細身の女の子だった。




