辻褄合わせは大変だ
……その頃、愛美は。
「愛美ちゃん。そろそろ寝なさい」
「……はい」
ここは愛美の家。愛美はいつものように自室に篭り、部屋の鍵を掛けた。……普段ならそのまま空へ飛び立つのだが、今日は少々躊躇っていた。
「……」
ここで飛び出してしまえば、答えを出さなければならない。……夜朗たちについて行くか、それとも残るか。その答えは、まだ出せていないのだ。
「……ふぅ」
溜息を吐きながら、窓の外を眺める愛美。辺りに広がるのは、夜の闇と、夜景とも呼べないほどの点々とした灯り。……当然、夜朗たちの姿は、ここからでは見えない。
「……あれ?」
すると、窓の外で何かが光った。無論、それは星ではない。星よりもっと明るい光が、、まるで花火のように、夜空に輝いたのだ。
「……まさか」
その正体と、それが生じた理由に思い至ったのは、やはり愛美が優秀だからか。……そう、これはミサイルの爆発だ。夜朗たちに放たれたミサイルが爆発して、夜空を照らしているのだった。さすがに愛美もミサイルだとまでは分からなかったが、何らかの攻撃がなされていることくらいはすぐに考えた。
「……行かないと」
そうなれば、必然、彼女の行動も決まってくる。夜朗たちは自分を待っているのだから、自分が合流しなくてはいけないだろう。そうしないと、彼らは撤退できないかもしれない。いや、本当に魔族のために活動しているというのなら、そう簡単には逃げないかもしれない。もしかしたら、撤退やむなしとなるほど損害がなければ、ずっと留まり続けるかもしれない。実際、彼らならそうするはずだ。
「……っと」
窓を開け、その縁に足を掛ける愛美。そしてそのまま、窓の外へと飛び出そうとした。と同時に、彼女の背中に漆黒の翼が出現する。
「愛美ちゃん、ちょっと―――愛美ちゃん!?」
「あ……」
その直後、愛美の養母である女性が、彼女の部屋に入ってきた。その視線の先には、翼を広げた愛美の姿が。……とうとう、ばれてしまったようだ。愛美が、魔族であると。
「そ、それは―――」
「……さよなら」
自分が魔族であると、家族にばれてしまった。こうなれば、もう元の生活は送れない。愛美は腹を括って、窓から飛び出す。
「……っ」
養母が後ろで何か言っているが、彼女はそれに耳を貸さず、夜空へと舞い上がる。―――暗黒を身に纏った天使の姿で、夜朗たちの元へと向かうのだった。
……その頃、夜朗たちは。
「ぐっ……!」
ミサイルによる衝撃波と爆風が、蝶香と夜朗を吹き飛ばす。……ミサイルは今ので三発目で、しかも起爆してきた。先の二つは、信管の感度が悪かったのか、不発だったのだ。
「信じらんない……! 市街地の上空で、こんな物騒なの連発するなんて……!」
「巻き添えで誰か死んでも、全部魔族のせいにするんだろ……!」
「胸糞悪い話ね……!」
言い合いながらも、蝶香はミサイルの爆風から逃れようとする。それでも、空中で崩れた姿勢を立て直すのは容易ではない。
「夜朗……! あのミサイル切れない……!? 今度来たら粉砕してよ……!」
「出来なくはないだろうが……んなことしたら爆発に巻き込まれて死ぬぞ!」
「じゃあ迎撃して……!」
「無茶言うな……! 遠距離攻撃はお前の得意分野だろうが……!」
揉めながらも、どうにか墜落だけは免れた二人。だが、それで終わりではない。恐らくはまだ来るだろうし、脅威はミサイルだけではないのだ。
「蝶香……! 地上に「キラー」の気配だ……!」
「はぁ……!? ミサイルの残骸が宙を舞ってるのに……!?」
「防具くらいつけてるだろ……!」
夜朗の言葉通り、地上―――彼らがいた公園周囲の道路には、白い軍服を纏った男たちが集まっていた。彼らは拳銃やライフルなどを手にし、それらを蝶香たちに向けている。
「高度が下がったら撃たれるわね……」
「高度を維持すれば、またミサイルが来そうだな。とはいえ、ミサイルだってそんなに撃てないだろうけど。もう三発も撃ったんだ。これ以上はさすがに難しいと思うが……いや、予備が何発あるかは分からないからな。油断はしないほうがいいか」
「狙撃用のライフルとかもあるし……まぐれでも、当たったらまずいわよ。今の高度なら、多分当たらないと思うけど」
「けど、あんまり高度を上げっぱなしにしてると、またミサイル撃ってきそうだな。このまま消耗戦に引き擦り込んでもいいんだろうけどな」
「嫌よ。回避するの私なんだからね」
ミサイルを警戒するなら、ミサイルが使いにくい高度に下がるしかない。けれど、高度を下げれば地上から狙撃されるリスクも高まる。
「……ったく。俺が降りて、あいつらを止める。お前は高度を下げて待機。愛美が来たら、俺を回収して離脱。そんな感じでどうだ?」
「いけるの? 数、結構あるけど」
「キラー」の数は、ざっと数十名―――いや、百名はいるか。公園を中心として、そこそこ広い範囲に配置されている。地上に降りたら、全部一人で対処できるとは思えないが。
「不安なら、お前も空から援護してくれよ。俺が降りれば、攻撃するだけの余裕も出来るだろ?」
「まあ、そんなことしなくても、銃弾くらいは防御できるけど……それでいいのね?」
「ああ」
作戦の最終確認をする蝶香に、夜朗はそう頷いた。そして彼は、背負っているロッドケースから、何かを―――自分の得物を取り出した。
「じゃあ、行って来る」
「了解。精々、ちゃんと時間稼ぎしなさいよ」
「分かってるよ」
そして夜朗は、蝶香から手を離した。当然、体を浮かせる力がなくなり、ゆっくりと落下を始める。
「はっ……!」
夜朗は公園の、外灯の上に着地した。蝶香が風の魔法で補助していたので、余計なダメージは発生していない。
「降りてきたぞ!」
「撃ち殺せ!」
彼の姿に、公園内にいた「キラー」たちが反応した。夜朗を殺害しようと、外灯の周りに集まってくる。
「そうそう。そうやって、俺に注目してくれよ」
そんな「キラー」たちに、夜朗は得物―――外灯の光を受けて黒く輝く、一振りの日本刀を構えた。
「そのほうが―――蝶香が安全になるからなっ!」
そして夜朗は、外灯から飛び降り、「キラー」の群れに突っ込んでいく。落下地点にいた一人を蹴り飛ばし、その衝撃で何人かを纏めて戦闘不能に追い込んだ。
「おらっ! 殺さないでやるから、痛い思いしたい奴から、かかってこいや!」
銃を構える「キラー」には全く怯まない。夜朗はただ、愚直なまでに、己の役割を果たすだけだ。そこに、迷いはなかった。