この辺で適当に設定としか出してみたり
……その頃、日本のある場所にて。
「室長! 大変です!」
「どうした?」
ここは「キラー」日本支部、中部出張所。要するに、「キラー」が国内の魔族を捜索したり、討伐する際の拠点だ。同時に、人間相手の治安維持活動も行っている。例えば、大きな犯罪や犯罪者集団が見つかった場合も、彼らが対処することになる。言わば、警察の上位互換で、半ば軍隊のようなものだ。
「またです! 港に設置している対空レーダーに反応がありました!」
「……なんだって?」
そこにいる魔族対策メンバーが、ディスプレイを指差しながらそう言った。……魔族に対抗するため、「キラー」では科学技術が大きく進歩している。特に軍事・情報分野では、「ノア・ディザスター」以前ほどではないが、二十一世紀初頭程度までは取り戻していた。
「十四号機から北北東20km地点です! 比較的小型の機影が二つ確認されました!」
「今度は二つか……高度は?」
室長の台詞から察するに、今までにもレーダーが反応したようだ。それも、そのときは機影が一つだけだったと。
「極低空―――少なくとも50m以下です!」
「そうか……」
部下の報告に、室長は唸るようにそう言った。……今の時代、飛行機は殆ど飛んでいない。軍事兵器としてならいくらか開発されているが、小型で極低空を飛行できる飛行機など、日本にも配備されていない。
「鳥か何かと間違えている可能性は……夜だから、ないか。それに、ここ数日、ずっとだからな」
日本に配備されている対空レーダーは、感度が高い分、鳥などにも反応してしまう。しかし、今が夜であること、夜に飛べるような鳥が近くに分布していないこと、またここ最近にもレーダーに反応があったことを考えると、その可能性は低い。……因みに、何故そんなものを設置しているのかといえば。隣の中国からの飛行型魔族襲撃に備えるためだ。中国は「キャプチャー」の勢力下で、魔族を兵士として従えている。鳥人などの魔族は航空戦力としてカウントされ、当然敵対する組織では対空レーダーが必要になるのだ。
「となれば必然―――反応は魔族か」
「そうではないかと!」
「ふむ……」
その結論に至って、室長は顎に手をやり考えた。……確かに、レーダーの反応は魔族だろう。しかし、たった二人で日本に攻めてくるとは思えない。無論、魔族の戦闘能力なら二人でも脅威なのだが、少なくとも攻撃をしている様子はない。となれば、斥候か。戦闘能力がないか、或いは低い、偵察用の魔族なのだろう。
「その反応、今はどうなってる?」
「消えました! 恐らく、地上に降りたのではないかと!」
そうなれば、その魔族は日本に侵入し、そのまま偵察、もしくは工作をすることになる。もしかしたら、秘密裏に侵入して、市民に危害を加えるつもりなのかもしれない。
「……早急に、町に探りを。後、翌日までに迎撃体制を」
「はいっ!」
室長は部下に指示を出して、それからそっと溜息を吐いた。
「せめて、無事に処理できるといいんだが」
市民の無事と、速やかな魔族の処理。その二つを―――特に後者を強く―――願う室長だった。
◇
……翌朝。
「いってらっしゃい。また来てね」
「はい。機会があればまた是非」
蝶香と夜朗は、朝一番に泊まっていた宿をチェックアウトした。元々宿に泊まったのは、身嗜みを整えるのと、長旅の疲れを癒すのが目的だった。それほど長居する気はないのだ。
「……さてと。この状況、ちょっとまずいわね」
「そうだな」
宿を出て。二人は溜息混じりに、そんなことを口にした。……町には、白い軍服姿の男たちがあちこちにいた。彼らが「キラー」の魔族対策チーム、その実働部隊の人間である。
「職質されたらどうする?」
「あれを見せる。それでスルーしてくれればそれでいいし、電子的な照会がされたら真っ先に逃げる。多少は騒ぎになるだろうけど、愛美から目を背けさせるんだと思えばいい取引だろ?」
「……そうね。他に方法もないみたいだし」
状況が状況だからなのか、珍しく口論せずに方針を固めた二人。出来る限り意識しないようにして、ゆっくり街中へと歩き出した。……ここで人気のないほうへ移動すれば、却って怪しまれる。けれども、人が多い場所なら、それほど目立たないはずだ。
「おい、君たち」
「……あら、どうかしました?」
しかし、現実はそう簡単に行かない。軍服男の一人に声を掛けられてしまった。
「君たち、学生だろ? 平日の昼間からこんなところを出歩いて、どういうつもりだ?」
「私たち、丁度試験休みなんです。それで、ちょっと旅行に行こうってことになって」
「ふむ……そうなのか」
宿に宿泊したときと同じ方便を使い、どうにか誤魔化そうとする蝶香。軍服の男も、それに騙されかけている。
「それなら問題ないのだろうが……念のため、国民証を見せてくれるか?」
とはいえ、男も「キラー」の端くれ。そう易々とは引き下がらず、国民証の提示を求めてきた。……国民証とは、日本国民であることを証明するカードだ。同時に人間であることの証明でもあり、十歳で付与される。カード自体の更新は十年ごとだが、国が管理するデータベースは五年ごとに更新されており、カードとデータベースで二重に身分を保証するシステムだ。
「はい、どうぞ」
「ほら」
蝶香と夜朗は、それぞれ自分の国民証を男に見せた。彼らは日本に住んでいたことがあり―――というか、夜朗は生粋の日本人だ―――国民証を持っている。しかし、彼らは五年前に日本を出ており、データベースは更新されていない。つまり、データベースを参照されたら一発でアウトなのだ。
「ふむ、花崎香と、闇野夜朗か。……二人は、恋人同士か何かなのか?」
「ち、ちが―――」
「そうです」
男はデータベースを調べようとはしなかったが、代わりに二人の関係を邪推した。夜朗は慌ててそれを否定しようとしたが、蝶香は遮るように肯定する。……っていうか、蝶香の名前は香だったのか。蝶香というのは渾名か何かか?
「そうか……二人の青春を邪魔して悪かったな」
すると男は、ばつが悪そうにそう言って、その場から立ち去った。二人が恋人同士だと思ったから、気を遣ったようだな。
「……とりあえず、どうにかなったわね」
「……心臓に悪いぞ、おい」
「あら、私は「恋人同士か何か」の、「何か」のほうのつもりで言ったんだけど」
「それでもだよ」
男が去って。夜朗は蝶香に、せめてもの文句を言った。しかしながら、彼女の機転で助かったのも事実だ。あまり不貞腐れているわけにもいかない。
「さ、早くするわよ。また職質されたら厄介だし」
「そうだな。とりあえず、夜まで安全に過ごせる場所を見つけないとな」