次からちゃんとします。
……その頃、「スルトの火山」では。
《コードデスサイズ、作戦を開始せよ》
「……」
「スルトの火山」入り口付近にて。黒髪ツインテールの少女が、インカムからの声にこくりと頷いた。……その直後、身に纏ったブレザーから、無数の刃が迫り出す。
「……」
少女は刃を身に纏いながら、ある人物の顔を思い浮かべる。―――それは、かつて彼女の師であった者。そして、彼女を残し、この世を去った者だ。今の彼女は、彼の教えに従って生き続けている。
「……人のために生きよ、そして自分のために生きよ」
師から与えられた言葉。だが、「自分のため」という言葉は、少女には難解すぎた。自我の乏しい彼女にとって、その言葉を実行する術を見つけることは容易でない。
「……だから私は、人のために」
もしも自身のために生きられるのであれば、彼女は師の教えに従って生きる。それが彼女に残された唯一の我侭だった。となれば必然、もう一つの教えを守ることになる。人のため―――「人間」のために生きることを。
「……SoD DSoH」
そして、少女の胸から、一際大きな刃が迫り出してくる。ある程度出てきたところで、刃が九十度回転し、少女の鼻先を掠めるような状態になる。そしてその根元からは、今度は棒状のものが出てきた。刃と繋がったそれは、鎌の柄を思わせる。少女が生み出したのは、自身の身長ほどもある巨大な鎌だったのだ。
「……」
全身を刃に包んだ少女は、人間の天敵である魔族を駆逐する。……元々純粋で従順な彼女は、永い眠りから目覚め、最初に出会った人物にそう教えられた。自分は魔族という害悪を滅ぼすため、この時代に蘇ったのだと。そう言われれば、少女はそうする他ない。生来より自分の考えというものを持たない彼女にとって、唯一自分の意思で信頼している師も、こう言っていたのだから。「人のために生きよ」と。
「……」
その「人」というのが人間だけなのか、それとも魔族を含むのか、それを判断するのは彼女ではない。故に少女は、今日も何の躊躇いもなく、魔族を狩り続ける。
……その頃、夜朗たちは。
「あの火山―――当時はクライナー火山と呼ばれていましたが、あそこには仲間を一人封印しています。尤も、火山そのものではなく、麓の森にですが」
「スルトの火山」に向かっていた夜朗たち。その道中で、マインズはそんなことを話していた。
「じゃあ、あの山にも「先史文明の英霊」がいるの?」
「そのはずです。……とはいえ、私みたいに、既に封印が解かれている可能性も否定できないですが」
「それなら、ご先祖様の封印もとっくに解かれているだろ。まあ、奴らがつい最近になって封印を解けるようになったって言うんなら話は別だが」
新たに浮上した「先史文明の英霊」の存在。それを「ガーディアン」側が解放しているかで、今後の情勢が変わってきそうだ。
「とにかく、まずは行ってみるしかないだろ。解かれてなければ解いてもいいし、もう解かれてたらそのとき考えればいいだろ」
「少々行き当たりばったりだが、こればっかりは仕方ないか……」
「先史文明の英霊」が既に解放されているかで議論になったが、夜朗がそう突っ込んだことですぐに収まる。それよりも、問題は施設を襲撃してくる「キラー」のほうだからな。
「それで、「キラー」の襲撃者についての情報なんだが……」
「それに関しては、何も分かっていません。やはり情報統制がなされているようで、ただ襲われたとしか報道されていないんです」
「だろうな」
「けれど、興味深い情報があります。いずれの施設でも、殺害されたのは魔族だけなんです」
マインズが挙げたのは、施設での人的被害状況。「キラー」が魔族を殺すのは当然だが、巻き添えになった人間が一人もいないというのは、確かに妙だ。
「単純に、人間がいなかっただけじゃないのか? ほら、「アマゾネスの森」みたいに」
「あそこは例外だ。普通はもっと監視の目がある。それに、「キラー」は人間の巻き添えに配慮なんてしない。魔族一人殺すのに人間が千人死んでも知らん顔してる連中が、魔族を匿う人間たちに容赦なんてしないさ」
その疑問に夜朗が仮説を立てるも、師匠が即座に否定する。……そういえば、日本で愛美と出会ったときも、市街地上空でミサイルをばんばん撃ってたな。被害が出ても気にした様子はなかったし。
「だからといって、「キラー」が宗旨替えするわけないわよね?」
「うん。あの「キラー」だもん」
日本出身で、この前も空中でミサイルを受けていた蝶香と愛美は、「キラー」の方針転換という可能性も否定する。若干私怨も混ざっていそうだが。
「となると、襲撃者の独断だろうな。……まあ、人間と魔族を見分けた上で的確に魔族だけ殺すなんて、その時点でそれ相応の実力者だろうけどな」
師匠が言うように、魔族と人間の区別は咄嗟には難しい。エディのように髪の色が独特でも、人間ということは往々にしてあるし、スノーみたいに明らかな特徴がないと判別は困難を極める。勿論、ちゃんと見たり、特定の方法で見分けられるが、そんな悠長なことが出来るほど「ガーディアン」が抵抗しなかったとは思えない。余程魔族に精通した者か、短時間で対象を観察できるほどの実力者。その辺りが妥当な線だろうか。
「……そんな奴らが襲撃してるんじゃあ、俺たちでどうにかできると思えないんだが」
「何弱気になってるのよ。あんたの剣術だって、何気に達人クラスじゃない」
「あら、それは頼もしいですね。私は、長年眠っていたせいなのか、どうにも魔法の切れが弱くて……今回荒事になれば、私は貢献できそうにありません」
不安を漏らす夜朗を、蝶香が励ました。一方のマインズは、自身の戦力外を申告してきた。……「アマゾネスの森」を出るときは普通に魔法を使っていたのだが、彼女にとっては本調子ではないのだろう。
「夜朗の剣術と蝶香のサポート、愛美のポテンシャルがあれば、大抵のことはなんとかなるだろ。もしものときは俺もフォローする。……最近は荒事が少なかったからな。久々に暴れるといいさ。まあ、そんなことにならないのが一番だが」
「……全くだな」
師匠の言葉に、夜朗は安堵したようにそう頷いた。……けれども、最善は既に失われ、次善を迫られることは確定事項なのだが、彼らはまだそれを知らないでいた。




