上空でスカウト。「私たちと一緒に、活動してみない?」
……さて、上空では。
「……?」
漆黒の天使と化していた愛美。夜空を飛び回っていたのだが、不意に妙な気配を感じて、首を傾げた。
「……鳥、じゃない」
風の流れで、その大きさは大体予想できる。それはどう考えても日本にいるような鳥ではないし、そもそも夜に飛ぶ鳥は少ない。しかし、この時代の飛行機はごく一部の地域でしか運航していない。つまり、通常では考えられないのだ。……尤も、愛美自身がその例外であるが。
「……魔族?」
となれば必然、向こうも魔族ということになる。愛美は最初、相手も自分と同じ種族なのではないかと考えた。しかし、そうとも限らない。学校で習った魔族には、空を飛べるものが複数種類あった。それに、自分と同じ特徴を持つ種族は習わなかった。故に、自分は恐らく希少種で、他のほうが多数派なのだろう。そんな思考を巡らせながら、愛美は無意識のうちに、その気配へと近づいていった。
「……」
それは、単純な興味だった。彼女は、自分が魔族であることを隠し続けてきた。当然、他の魔族と出会ったこともない。だからこそ、会ってみたいのだ。―――誰にも歪められていない、本当の魔族という奴に。
「……すぅ」
上空の冷たくて薄い空気を吸い込み、愛美は背中の翼を羽撃かせた。
……そして、夜朗たちは。
「ちょ、くっつきすぎよ……!」
「仕方ないだろ……! この状況で落ちたら死ぬんだからな……!」
上空、町一帯を見下ろせるほどの高度に達したところにて。蝶香と夜朗は、またもや口論を始めていた。
「だからって、そんな、抱き締めるみたいに……!」
「しがみつかないと落ちるだろ……!」
「で、でも、その……う、腕が、胸に、当たってるし……」
「んなもん、あってないようなもんだろ……!」
「……落ちなさい今すぐに」
「わっ……! じょ、冗談になってないぞ……!」
羽根を生やして羽撃くでもなく、直立姿勢のままで浮遊する二人。……蝶香は魔族だが、ツインズという種族にはホルモン関連以外の特徴はない。しかしながら、彼女は両手両足に特殊な細工を施しており、その力によって風の魔法が使える。これも、「ノア・ディザスター」以後に生じた、世界の変化である。魔法を扱うのは主に魔族だが、人間も条件を満たせば使えるとか。
「うっさい……! 死になさい……! 死ね……!」
「うおぉい……! お、俺が悪かった……! 謝るから許してくれ……!」
「許すわけないでしょ……!」
それはそれとして。そろそろ夜朗が殺されそうだ。……乙女に対する侮辱は、死んで詫びるしかない。まあ、こんな状況で言ってしまった夜朗が悪い。自業自得だ。
「ほ、ほら、闇天使はどうしたんだよ……!? 気配がしたんだろ……!?」
「そんなのどうてもいいわよ……!」
「それが目的だっただろ……! 師匠やフェアリーに怒られるぞ……!」
「師匠もフェアリーも同罪よ……! 後で纏めてぶっ殺す……!」
興奮しているのか、夜朗の説得にも変な理屈で反論。……二人の師匠と、フェアリーとかいう誰かよ。とんだとばっちりだな。
「……何してるの?」
「この不埒者を始末してるの……! ―――え?」
「だから止めろって……! ―――は?」
しかしそれは、第三者の介入によって、中断させられた。二人の前方に、漆黒の影が現れたのだ。暗黒の色彩を纏った、天使の少女だった。これは、もしかして―――
「や、闇天使……!?」
「こんなところに……!」
「お姉さんたち、誰?」
突然の大本命に、慌てふためく二人。対して、漆黒の少女は極めて冷静だった。純粋な疑問―――夜朗たちの正体にしか興味がないようだ。
「え、えっと……私は蝶香。ツインズっていう魔族よ」
「俺は夜朗。人間だけどな」
相手が冷静だと、自分も落ち着けるらしい。二人は自己紹介として、それぞれの名前と種族を教えた。
「あなたは?」
「三夜、愛美……」
「愛美ちゃんね。いい名前だわ」
闇天使の少女の名前も聞いて、互いに自己紹介を終えた。そこで夜朗たちは、少し突っ込んだ話をすることにした。
「愛美ちゃんって、魔族よね? 日本に住んでるの?」
「うん」
「そう……でも、日本って「キラー」の勢力下でしょ? 魔族だってばれたら大変じゃない?」
蝶香が言う通り、日本はキラーの影響を強く受けていて、魔族が生きていくには少々辛い。正体がばれたら問答無用で殺されるし、そうでなくとも、「魔族は害虫」的な洗脳教育を受けさせられる。実際、愛美もそれに薄々勘付いて、嫌気が差していたところだった。
「だからってわけじゃないんだけど、私たちと一緒に来ない?」
「お姉さんたちと、一緒に?」
蝶香の申し出に、愛美は首を傾げた。意外だったのだろうか。彼女はただ、他の魔族と交流がしたかっただけなのだ。まさか勧誘されるとは思っていなかったのかもしれない。
「そう。私たち、魔族のために活動してるんだけどね。あなたにも参加して欲しいの」
「それってどんな活動なの?」
「え? えっと……」
とうとう、本題である勧誘の話を始めた蝶香。しかし、愛美の純粋な質問に、戸惑ってしまっている。
「主に、「キラー」勢力下の魔族を保護したり、「キャプチャー」や「ガーディアン」に拘束されている魔族を解放したりだな。その過程で、三勢力と戦ったりするが」
そんな彼女の代わりに、夜朗が質問に答える。……彼らは主に、魔族の人権確立を目指して行動している。不当な扱いを受けている魔族を保護し、守り、仲間のために戦うのだ。
「それって、人間を殺すの?」
「いや、それはない。俺らが目指しているのは人間との共存だ。殺し合いは泥沼になって、両者の和解を妨げるからな。俺たちは、殺されても殺すな、の精神でやってるよ」
「ふーん……」
納得したようなしてないような、そんな微妙な声でそう返す愛美。その内心は、黒く塗り潰された表情からは窺い知れない。
「どうだ? お前の他にも誰か魔族がいるなら、一緒に連れてってもいい。信頼できる奴なら、人間でも構わないぜ? 実際、俺だって人間だしな」
「……」
夜朗にそう言われて、愛美は「そんな人は誰もいない」と言いそうになったが、とりあえずその言葉は飲み込んでおいた。それよりも、言わねばならないことがある。
「……一晩、考えさせて」
「……分かった。なら、明日のこの時間、ここでいいか?」
「うん」
返答は一旦保留。次回の待ち合わせをすると、愛美は二人に背を向け、どこかへと飛び去った。帰宅したのだろう。
「……私たちも、戻ろうかしら?」
「ああ、それがいい」
そういうわけで、夜朗たちも目立たないように地上へ降りるのだった。