この章区切りたいので駆け足で
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……ザフタンノープルを出発し、途中でいくつかの町を経由して、数日ほど掛けてマルチェノアに到着した夜朗たち。
「見るからに田舎だな……」
「そうね……」
マルチェノアの町は、のどかな田舎だった。ぽつぽつと佇む民家と、田畑。そしてそれ以上に大きいのは林と道だった。ぶっちゃけ、町の殆どが林と道で構成されているといってもいい。そのくらい何もないところだった。
「それで、その「アマゾネスの森」っていうのはどこにあるの?」
「町の中央にある森林がまるまる「アマゾネスの森」だ」
町の中を歩きながら問い掛ける愛美に、師匠がそう説明する。……町の中心部に向かうにつれて、町人が段々と減っていく。恐らく、魔族隔離施設に近づくのが嫌で、遠ざかって生活しているのだろう。そもそも住民自体が少ないようではあったが。
「ほら、見えてきたぞ」
やがて、広大な森が見えてきた。町の面積のうち、大部分を占めていそうなほどの広さの森。その周囲には、金網によるフェンスが張り巡らされ、中から魔族が外に出られないようになっている。……本気で突破しようとすれば出来る程度のバリケードだが、中の魔族は外に出たがっていないようだし、これでいいのかもしれない。
「……まさかとは思うが、「ガーディアン」の連中は常駐してないのか?」
「んなわけないだろ。ただ、常時監視はしてないみたいだな。だからこそ、俺たちも侵入しやすいんだがな」
フェンスの周りに誰もいないことに、夜朗はそんなことを思った。とはいえ、管理者である「ガーディアン」が常駐していないわけがない。警備が甘々なのは確かだが。
「さ、行くぞ。特に侵入しやすいポイントは分かっている」
「夜まで待たなくていいんですか?」
「夜のほうが警備が厳重なんだよ。それに、余所者が泊まる施設もなければ、たむろしてても怪しまれない場所もないからな」
昼間の侵入に不安を覚えるスノーだったが、師匠にそう返されてしまう。……まあ、怪しいことをするのは大抵夜だからな。夜のほうが警戒されるのも道理か。
「……驚くほどあっさりと入れたな」
「昼間の警備はザルだからな」
フェンスの内側に入り、夜朗は拍子抜けしたように呟く。……いくら、中の魔族に逃亡の危険がないからって、これは油断しすぎだろ。
「言っておくが、大変なのはここからだぞ? 特に夜朗。お前が一番苦労する」
「何でだよ……?」
「お前が男だからだ。……ここは「アマゾネスの森」だそ? 文字通り、ここにいるのはアマゾネス―――女ばかりの種族だからな。それも、かなり好戦的で粗暴な種族だ。そんな中に男が入れば、どうなるか。想像に難くないだろ?」
「……」
師匠の言葉に、夜朗は「え? もしかして、いつものあれか?」と思ったが、口にすれば己の身が危ういと分かっているのでそれは堪えた。……こんなところで蝶香にフルボッコされるとか、洒落にならないからな。
「好戦的な種族なのに、閉じ込められて平気なの?」
「好戦的だからって、無用な諍いを好んでるわけじゃないぞ? 機嫌を損ねれば手がつけられないが、逆に機嫌が良くなれば暴れることもない。彼女たちにとって、ここは意外と過ごしやすい場所みたいだからな」
「それなら別にいいが……つーか、それだけ俺たちの存在意義がないよな」
「まあ、「ガーディアン」に関しては、不当な拘束を受けている魔族のみを救出する、という方針だからな。「ガーディアン」は独善的だが、他の勢力に比べて良心的というか、人道的な側面があるのは否定できない。だからこそ、今までそれほど手が出せないんだがな」
話しながら、一同は森を進んでいく。森は木々の密度が低く、空の光を遮ることがあまりない。風通しも良く、確かに過ごしやすい環境だろう。アマゾネスたちが気に入るのも分かる気がする。
「ほら、見えてきたぞ」
そして森の中、開けた空間に辿り着いた。……どうやら、魔族の居住スペースみたいだな。木造の家屋が雑然と並び、或いは布を巻いた丸太が立ち並んだ場所―――訓練場か何かだろうか―――などもあり、好戦的な種族というのも納得できそうな光景だった。そこの住人は皆女性で、髪と瞳が緑色であり、全身が筋肉質であった。これがアマゾネス全体に共通する特徴なのだろうか?
「誰だ……!?」
「何者だ……!?」
突然現れた夜朗たちに、住人であるアマゾネスたちが反応した。彼らの周りに続々と集まりだし、棍棒や鉈などの武器を片手に威圧してくる。
「おい、男がいるぞ……!」
「本当だ、貧相な男がいる……!」
「貧相て……」
アマゾネスたちの評価に、夜朗は文句を言いたくなったが、話がややこしくなるので我慢する。代わり、師匠が前に出て、アマゾネスたちと交渉し始めた。
「突然訪ねてすまない。ここに、クイーヴという機械人間の女がいるはずだ。俺たちはそいつの仲間だ」
「機械人間だって?」
「それなら確か……」
「あんたら、あいつの仲間だったのか」
師匠の話を聞いて、各々言葉を漏らすアマゾネスたちの中から、一人の女性が出てきた。短めの緑髪や筋肉質な体は他の者と同じだが、右腕だけが異常なほどに大きくなっている。左腕と比べると、長さだけで倍近く。そんな右腕をぶら下げながら、彼女は師匠の前に立つ。
「あんたは?」
「あたしはニーズ。言ってみればここのトップだな。……んで? あいつの仲間ってことは、あんたらも魔族解放運動とかの一員なのか?」
ニーズと名乗った女性は、大して警戒する様子もなくそう尋ねてきた。……話の流れを見るに、彼女はクイーヴという魔族から、夜朗たちのことを聞いていたようだな。
「そうだな。だが、あんたらアマゾネスはそういうのに興味がないと思っていたんだが」
「別に、あたしらに危害を加えるつもりなら叩き潰してやろうって思っただけさ。ま、そうじゃないのは残念だけどさ」
目の前に現れたのが平穏を乱す不届き者であれば好都合。そんな思考回路の彼女たちは、なるほど、確かに好戦的だな。とはいえ、無害な相手を攻撃するほどではないようだが。
「それで、あの女神様が目的なんだって?」
「女神様?」
「あんたらが「先史文明の英霊」とか呼んでるのだよ。見た感じ、封印された女神様っぽいからそう呼んでるんだ」
「なるほどな」
「よく見れば、あんたは確かに女神様にそっくりだ。ご先祖様って言うのも嘘っぱちってわけでもないみたいだな。……よし、ついて来な。クイーヴと女神様のところへ案内してやるよ」
意外と話が分かる奴なのか、それともそのクイーヴという人物が相当信頼されているのか、とんとん拍子で話が進み、あっさりと案内してもらえることになった。




