共食い系美少女現る
……とりあえず、人魚の少女も交えて、焚き火を囲むことにした。
「えっと、私はスノー。スノー・アクアって言います。よろしくです。……はふはふ、お魚おいしい」
師匠が獲ってきた魚を焼いて食っているのは、人魚の少女、スノー。……っていうか、人魚が魚食うのって、共食いじゃないのか?
「それで、何でこんなところに人魚がいるんだよ?」
「それがその……さっきまで拠点の近くにいたんですが、川で水浴びをしていたら、いつの間にかこんなところまで来てしまって」
「拠点……っていうことは、あなたも拠点にいた魔族なの?」
「は、はい……い、一応、今回の「キャプチャー」施設襲撃の参加メンバーです。陽動ですけど。……はむはむ」
事情を説明しながらも、焼き魚を食い続けるスノー。……おい、誰か突っ込めよ。それは共食いじゃないのかって。塩振ってがつがつ食ってるし。
「そうなのか? マーメイドが参加してたのは知ってたけど、顔までは見てなかったからな」
言いながら、夜朗はスノーの身なりを観察した。……ウェーブの掛かった銀髪を川の水で濡らし、前髪の張り付いた顔は幾分整っているように見える。瞳は日本人のように黒く、水中で活動するためなのかやけにうるうるしている。腕は長く程よい筋肉がついており、魚を掴む指の隙間には水掻きが張られている。これは人魚の種族特性か。上半身は透けないようになのか厚手の服で覆われているが、彼女の人間部分はその程度では隠し切れない膨らみを有していた。そして何より、尤も特徴的なのが下半身。鈍い銀色の光沢を持つ鱗と、その先にある尾びれ。それこそが、彼女が人魚である何よりの証明であった。
「……夜朗。何、じろじろ見てるのかしら?」
「い、いや、別に深い意味は……」
「はい? あ、この体が珍しいんですよね? いいですよ。見られるのは慣れてますし、嫌いじゃないですから」
夜朗の視線を不躾だと思った蝶香が彼を窘める。だが、当のスノーは別段不快には思っていなかったようだ。寧ろ見せびらかしたいような気もする。
「……あなたの心がとても広いっていうのは分かったけど、多分、そういうことじゃないわ」
「はい?」
スノーは恐らく、夜朗の視線は自分の下半身にのみ注がれていると思っていたのだろう。この辺り、案外純真なのだろうか。
「……それで、どうする? このまま一人で戻るのも大変だろ?」
「あ、はい……朝になれば自力で戻れると思うんですが、とりあえず今夜はここで過ごしてもいいですか?」
「構わないさ。というか、このまま帰すほど鬼畜じゃない。いくらマーメイドでも夜に泳ぐのは危険すぎるからな」
「あ、ありがとうございます……」
魚を咀嚼しながら、スノーは頭を下げて感謝の意を示す。……結局、誰も突っ込まないんだな。共食いだ、って。
「しかし、今夜は野宿の予定だからな……特に、夜朗が何かしでかさないか、心配だな」
「そうね」
「同意」
「っておい! 何で俺が何かする前提なんだよ!?」
「?」
仲間たちから理不尽な言葉を浴びせられ、思わず抗議する夜朗。しかしスノーは首を傾げているだけなので、やはり彼女はそういうのに疎いのだろうか。
「特に、スノーはスタイルいいし、全身濡れてるし……ほんとに危ないわね」
「す、すいません……! 私、肌が乾くと呼吸が出来なくて……」
「ううん、悪いのはスノーじゃなくて夜朗だから」
「はい?」
「……なあ、俺、泣いてもいいか?」
最早この手の話題では集中攻撃を受けるのが定番化している夜朗。可哀想だが、今までの実績(愛美とのスキンシップなど)もあるので、仕方ないだろう。
「まあ、夜朗は俺と寝ずの番っていう案もあるがな」
「それが妥当ね」
「何でだよ!?」
「だって、夜朗お兄さんだし」
「どういう意味だ!?」
「あ、あの……!」
そして当然のように夜朗から睡眠の権利が剥奪されそうになって、スノーが突然大声を上げた。どうしたのだろうか?
「私、夜行性で睡眠時間も少ないですから、寝ずの番なら私がします……!」
「ふむ。自分から志願してくれるのはありがたいがな」
スノーの申し出に、師匠は考える素振りを見せた。……若い女の子に見張りをさせるのは抵抗があるのか?
「それなら、スノーと夜朗で見張りをしてくれ」
「ちょ、師匠!?」
師匠の言葉に、蝶香が驚きの声を上げる。……夜朗がスノーにちょっかいをかけるからという話だったのに、夜朗を彼女と一緒にさせては意味がないと言いたいのだろう。
「俺だってたまには寝たいんだよ。それに、さすがに相手が起きてれば、滅多なことはないさ」
「そうだろうけど……」
「何? 俺ってそんなに信用ないのか? っていうか寝れないのは確定なのかよ?」
「夜朗お兄さん、諦めって大事だよ?」
「……そうだな。最近、ずっと諦め続けてるような気がする」
「???」
そんなわけで、夜朗とスノーが寝ずの番に決まったのだった。
◇
……蝶香たちが洞穴の奥で眠りに就いた頃。
「……ふぅ」
洞穴の入り口にて。夜朗は溜息混じりに空を見上げていた。……今までにも、蝶香と交代で見張りをしながら寝ることはあった。だが、夜通しというのも、誰かと一緒にということもあまりなかった。
「大丈夫、ですか?」
「ん? ああ、問題ないさ」
ましてや、ついさっき知り合ったばかりの女の子と一緒に、というのは初めてのことだった。ちょっと溜息を吐いただけで反応されるのは、なんだか落ち着かない。微妙に居心地が悪い夜朗。
「……あの、夜朗さん」
「ん?」
しかし、一人だと眠くなってしまうのも事実。こうして話し相手になってくれるだけでも感謝するべきなのではと思うことにした。
「夜朗さんって、人間、ですよね?」
「ああ」
「失礼だとは思うんですけど、どうして私たち魔族に協力してるんですか……? しかも日本人―――「キラー」地域の出身なのに、どうして?」
恐らくは眠気覚ましの雑談なのだろう。スノーから問い掛けられたのは、彼が魔族に協力する理由。……確かに、それは疑問だったな。恐らくは蝶香絡みだとは思うのだが、その辺の事情はあまり聞いていない。
「話すのはいいんだが……少し長くなるぞ?」
「差し支えなければ、是非」
「分かった。……まあ、隠すようなことでもないからな」
夜朗はもう一度溜息を吐くと、呟くように話し始めた。
「……まあ、理由は色々あるが、一番は蝶香だな。蝶香を守るために、俺は魔族に味方している。正直、蝶香さえ無事なら、他の魔族はどうでも良かった」
夜朗が戦う理由。それは案の定、蝶香のためであった。
「蝶香はさ、小さい頃に日本へやって来て、そのままある家に拾われたんだよ。そこは俺の家と深い付き合いがあったから、俺と蝶香は本当の姉弟みたいに育ったんだ。……だけど、それも長くは続かなかった」
懐かしむように語りだす夜朗だったが、その表情が曇り始めた。
「色々あって、蝶香が魔族だってばれたんだ。当然、「キラー」の奴らが蝶香を殺しに来た。家の奴らは蝶香を「キラー」に差し出そうとしたけど、俺は耐えられなかった。蝶香を連れ出して、偶然日本へ来ていた師匠に助けてもらって、俺たちは日本から脱出したんだ」
「そんなことが……」
夜朗の話を聞いて、スノーは俯いてしまった。……自分の好奇心を満たすのにばかり夢中で、夜朗の気持ちを考えてなかった。今更ながら、そう思ったのだ。
「まあ、大変だったのはそれからだけどな。慣れない海外生活だったし、英語も苦手で言葉にも苦労した。人間だからって魔族たちから変な目で見られた。まあ、それは仕方ないにしても……蝶香とは時々擦れ違うようになったのは、ちょっときつかったかな。ま、元々男と女なんて、年頃になったらみんなそうなんだろうけどな」
「……大丈夫ですよ、夜朗さん」
寂しそうな表情を見せる夜朗に申し訳なくなったのか、それともただの本心なのか、スノーはこう言うのだった。
「だって、蝶香さんは、絶対に夜朗さんのことが大好きですから。心配することなんて何もないです」
「……ありがと。同じ口調なのに、エディとは大違いだな」
「はい?」
スノーの態度に、夜朗は同じ口調の銀髪少女を思い出すのだった。彼の言うように、性格はまるで正反対だが。




