シャワーシーンだけど全然サービスカットじゃない件
……その頃、蝶香は。
「……ふぅ」
服を脱ぎ、当然全裸になって、シャワーを浴びながら。蝶香はそっと溜息を吐いた。
「……駄目よ。夜朗は、弟。弟なんだから」
そして、自分に言い聞かせるかの如く、独り言を繰り返す。……蝶香はツインズという魔族だ。この種族は、ホルモンバランスの影響を受けやすい。例えば、女性である蝶香が女性ホルモン過多になっている場合、異性の匂いに強く反応して―――平たく言えば、発情してしまう。これは別に、女性ホルモンの影響だけではない。だが、そもそもツインズという種族は、繁殖に特化している。相手に合わせて性別を変え、確実に繁殖できるように進化したのだ。故に、ホルモンバランスによっては、激しく劣情を催す。そんな傾向にある。
「これはただの生理現象よ。別に、夜朗のことなんて……」
そして彼女は、長い間、夜朗と一緒にいた。特に密航中は体臭を落とせないような状況で、しかも狭い場所で、過剰接触を余儀なくされていたのだ。そうなれば、ただでさえデリケートな蝶香は、彼を異性として意識してしまう。それが例え、弟分であっても。
「それに……私は魔族。夜朗は人間。違う種族なのよ」
けれども。そんな蝶香を踏み止まらせるのは、種族の壁。種族の違いを意識すると、どうしても踏み越えられなくなる。いや、そのお陰で踏み越えずにいられる、というべきか。
「……そうよ。だから、私と夜朗は、絶対に」
しかし、蝶香は忘れていた。―――魔族とは、人間から派生したものだ。つまり、人間も魔族も、元は同じだったということを。故に、種族の違いなど、精々人種の違い程度だということを。まあ、人間たちが魔族を差別している世界なのだから、そうなってしまうのも無理ないが。
◇
……夕刻。
「……」
夕焼けの街中で。ランドセルを背負い、一人で歩いているのは、女子小学生―――愛美だった。
「……ふぅ」
そして彼女も、どこかの魔族少女よろしく、そっと溜息を吐いていた。
「……」
しかし愛美の場合、独白するようなこともなかった。ただ、何かを憂うような表情で、夕日を見つめているだけだった。或いは、他に出来ることがなかったのかもしれないが。
……その頃、夜朗たちは。
「……うまい」
「ほんと、こんなおいしいご飯、いつ以来かしら?」
宿の食堂にて。夜朗と蝶香は夕食を取っていた。テーブルに並んでいるのは、沖合いで獲れた魚介類。刺身や天麩羅、煮魚に焼き魚など、見事に魚一色だ。一応貝や蟹などもあるが、魚類が圧倒的過ぎる。
「あらあら、そんな、大袈裟ねー」
そんな彼らに、店主の女性は嬉しそうにそう言った。……夜朗たちの場合、密航をしていたせいで、まともな食事が出来なかっただけな気もするが。
「それで、姉弟での観光はどうだったの?」
「はい。とっても楽しかったです」
彼らはチェックインした後、二人で町を散策していた。とはいえ、それは観光ではなく、彼らの目的―――その下調べのためだったが。
「いいわね~、姉弟仲が良くて。うちの子供たちもそれくらい仲良しだと助かるんだけど」
「あはは……」
実際は小便引っ掛けたり喧嘩したりなのだが、それは言わなくていいことだった。お食事時だし。
「蝶香、俺のサザエやるから、鯖の味噌煮くれ」
「あんた、まだサザエ食べられないの? 好き嫌いしてたら駄目よ?」
「お前が鯖嫌いだからトレードしようって言ってるんだろ?」
「……分かったわ。ついでに天麩羅も頂戴?」
「蟹身をくれるならな」
「あらあら、ほんとに仲良しね」
食事のトレードを、店主の女性は微笑ましそうに眺めていた。……しかし、実際のところは違う。二人とも、本当は苦手な食材などないのだ。ただ、自分が一番食べたいおかずを寄越してもらってるだけだ。普段なら断られるであろう取引なのだが、今は店主の手前、仲良しの振りをしなくてはならず、取引が成立しやすくなる。故に、水面下での駆け引きが生じているのだ。
「ははは」
「うふふ」
「あらあら」
表面上は和やかだが、その実緊迫した空気に、当事者以外は一切気づかないのだった。
◇
「ふぅ……結構食ったな」
「そうね。あんたがこれでもかってくらいにねだるからね」
「それはお前もだろ? そんなに食ってると太るぞ」
「馬鹿ねぇ。それは普段から食っちゃ寝してる人でしょ? 私は普段、そんなに食べないし。日頃の運動も欠かさないから問題ないのよ」
「それで全体的に脂肪が足りないのな」
「……喧嘩売ってんの?」
食後、部屋に戻った夜朗と蝶香。相も変わらず口論ばかりだ。
「大体、それはホルモンバランスと種族特性のせいだし。個人の問題じゃないから」
「お、おい……壁に耳ありだぞ」
「平気よ。そういう心配がない場所を態々選んだんだから」
「そういう問題でもないだろ」
自分の秘密を―――魔族であると特定されるであろう情報を口走ってしまった蝶香。夜朗は彼女を諌めるが、蝶香は全く気に留めていない。無警戒だな、おい。
「ここは奴らの勢力下なんだぞ? 何で、故郷の国でドンパチやらないといけないんだよ?」
「これからドンパチやりに行くのに、何でそんなに弱気なのよ?」
「俺たちは隠密行動が基本だろうが……」
夜朗は疲れた様子でそう呟いた。……どうやら今の蝶香は、ホルモンバランスが男性側に傾いているらしい。大胆不敵で物怖じせず、細かいことは気にしない。男の夜朗ですら心配になる男らしさだった。
「さ、そろそろ行くわよ」
「それはいいとして、せめて見つかせないようにしてくれ……」
入り口から堂々と出て行こうとする蝶香に、夜朗は窓を指差しながらそう言った。要するに、そこから外へ出ろということか。
「あら、何弱気になってるのよ?」
「弱気とかじゃなくて、見つかったら一発でアウトなんだから、用心しろって話だろ」
「大丈夫よ。二人で夜の散歩とでも言えば。あんまりこそこそしてると、却って怪しいじゃない」
「それもそうだが……」
確かに、理屈の上ではそうだろう。だからといって、そうも豪胆な態度を取れるのは、果たしてホルモンの影響だけなのか。元々の性格も影響しているのではないかと思う夜朗。
「それにグズグズしてると、それこそ問題よ? 当初の目的を果たせないんだから」
「はぁ……ったく、分かったっての。行けばいいんだろ、行けば」
「最初からそうしなさい」
最終的には、夜朗が折れた。蝶香の言う通り、宿の入り口から素直に出入りすることに。
「……はぁ」
だが、例え怪しまれなくても、別の意味で勘繰られるんじゃないかと思う夜朗であった。